- 作者: 吉田修一,佐内正史
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2007/02
- メディア: 単行本
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さあ、始動のとき!走れ。走れ!小説家と写真家がスポーツのある風景をテーマにした初めてのコラボレーション作品集
写真家は、100s『世界のフラワーロード』をデザインした佐内正史。吉田修一の短編と同タイトルで数枚ずつの写真を撮っている。話とのリンクは、結びつきが強いものと、かなりイメージの異なるものとバラバラ。おそらく、事前の打ち合わせで、タイトルとキーワードのみを出し合ってから、お互い並行して作品に仕上げたのではないか?作品としての写真を観る機会はほとんど無いので、よくわからないが、結構好きな感じの写真が多かった。
さて、短編はどれも、ふとした瞬間に、主人公が過去の自分を振り返る話になっており、昔話は、何かのかたちでスポーツに関連している。5-6ページと非常に短いが、それぞれに味があり、吉田修一は巧いと改めて感じた。
特に最後を飾る「水底」が全てを総括するような内容で良かった。少し長いが、中高大と水泳部〜インストラクターのバイトで水に親しんでいた主人公が、社会人になってから、またプールに行くようになって感じたことを語るラストを引用。
泳ごうと思えばいくらでも泳げた17歳の自分ではない。もちろん、水を恐がっていた幼い自分でもなく、若者とつい競い合っていたころの自分でもない。
もう昔のように速く泳ぐことはできない。ただ、開場直後の、まだ誰もいないプールの波紋を、素直に美しいと感じられる。水底に映る自分の影と競い合うこともなく、ゆっくりと一緒に泳ぐこともできる。
水底は、幼いころ怯えていたほど深くはなかった。
水底は、若いころ怯えていたほど冷たくもない。
そして水底を強く蹴りさえすれば、いつだって日を浴びた明るい場所にいけることを、今の自分は知っているような気がする。
水底は、「大人になること」への暗喩なのだろう。
40歳前後と想定される主人公は、年齢が同じくらいの吉田修一自身なのだろう。
勿論、他の短編の全てが吉田修一を指しているわけではなく、年齢も20代後半〜40代前半くらいまでとやや幅はある。ただ、いずれもが、自身の「若い頃」を振り返りながら、「あの頃」に戻ることなく、過去をそのまま受け止めて生きている。必ずしもポジティブに捉えるというわけではないが、否定をしない。起こったこととして受け止める。そこに力強さを感じる。
若い頃にしかできないことがある。一方で、年をとらないと分からないこともある。時間軸の中で、それらを自由な順序で経験するわけには行かず、それぞれが、成功、失敗を重ねながら前に進む。
「成長」といった仰々しいものではなく、そういった意味で、自分も前に進んではいるのだろう。
図書館で借りて読んだが、文庫版もちょうど来週発売のようで、買ってもいいなあ。