Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

言葉にならない〜上野顕太郎『さよならもいわずに』

さよならもいわずに (ビームコミックス)

さよならもいわずに (ビームコミックス)

「最後には祈りのような清々しささえもたらす」夏目房之介、絶賛! 心が引き裂かれる“音”を、聴け。 ささやかだけれど、幸せな家庭を築いていた漫画家に、突如訪れた、悲劇。妻の突然の死。 最愛の人との最後の日々を、繊細で果敢に描き尽くす。 ギャグ漫画界の鬼才が挑んだ渾身の新境地、愛と悲しみに満ちた、ドキュメントコミック。(amazonより)

上野顕太郎はギャグ漫画家。大学生の頃、弟が買ってきた『帽子男は眠らない』をよく読んだ。おおひなたごうまでは行かないが、ややトリッキーな漫画家で、味があり、自分好みだった。
久しぶりに、そのギャグ漫画家の上野顕太郎(うえけん)が、真面目な内容の漫画を出版し、その内容が話題になっていることをツイッター上で知り、驚いた。
直後、書店に平積みになっていたのを見かけ、そのまま購入した。

今敏監督の死

先日、今敏監督が亡くなった。
自分は近年ほとんど映画(ビデオ含む)を見ないので、作品名は知っているものばかりだったが、実際に見たことがあるのは、パーフェクトブルーだけだった。
しかし、話題になったブログ上に綴った最後の日記は、本人の人となりを知らなくても、自分に強烈な印象を残した。特に、本人よりも作品を通して知られることの多い芸術家たちは、本人の生死とは関わりないところで、多くの人の心を打ち、入り込み、心の中で生き続けるのだろう。

ましてや直接知る人にとってみれば、、「青い鳥」や「星の王子様」で語られたように、心の支えになり生き続けるとすら言える。

二度ともう会うことができなくても、王子さまの「笑う星々」のように、空を見て、星を見て、その人の笑い声や笑顔を思い出すことができるなら、そのとき人は、どれほど心をなぐさめられ、生きていく力を与えられることだろう。

生者は死者によって生かされ、死者は生者によって生き続ける − ふと、そんな言葉を思い出す。生は死と、死は生と、ひそやかにつながっている。
(星の王子様)

どうして死んでしまっているものかね。お前たちの思い出の中で立派に生きてるじゃないか。人間はなにもものを知らないから、この秘密も知らないんだねえ。(P46 「どうして会えるの?おじいさんたち死んでしまっているのに。」というチルチルに答える妖女)
(青い鳥)


確かに頷ける内容ではある。
概念的には分かる。すぐに会えないかもしれないが心の中には住み続ける。遠く離れた場所に住む友人と変わらない。


しかし、(自分は幸運にも両親も健在で、ごく身近な親戚の死に遭ったことは無いが)実際に身近な人が亡くなったらどうなるのか?
人の死の捉え方は、先人達にいろいろな考え方を教えてもらった。しかし頭で一度理解したからと言って、その思考をすぐに実行できるのか?
さよならもいわずに』は、それは無理であることが、よくわかる本だった。

さよならもいわずに

感想はと言われると難しい。
正直に言えば、物語性が少ない。いわゆる「泣ける」作品のような誰でも分かる盛り上がりポイントがあり、そこに向けて感動を高めたりは出来ない。ギャグ漫画的な演出もあるのだが、基本的には、作者自身の心の動きを出来る限りの漫画表現で表わしたドキュメント作品といえるだろうか。

などと、冷静に通ぶって語るには似つかわしくない作品だ。
だって、最愛の奥さんを突然亡くしているのだ。
救急搬送先の病院での「御臨終です」を聞いた瞬間に、上野顕太郎にとっての世界は意味をなくした。
死の直後は、雑務が多い。
まず、親戚や知人に死を伝える必要がある。これは辛い。
そして葬儀準備、遺影選び、弔電確認、葬儀、火葬場での納骨、そして挨拶。
忙殺されてしまいそうだ。


そういう忙しさを抜けても、上顕は奥さんを思い出す。そして彼女のいない今の世界を憎む。似ている人を探してしまう。
遺していった荷物の中から思い出のかけらを探す中、シュールかつ胸を打たれるのは、ネット上で奥さんの名前を検索するシーン。あるはずがないとわかっていても探してしまう。


上顕には小学4年生の娘がいる。それも辛い。
死を十分理解できる年ではあるが、受け入れられるはずがない。普段は気丈に振る舞うものの、隠れて泣いているのを見つけてしまう。
それでも、生きていくためには、プロの漫画家として年末進行の厳しいスケジュールを切り抜けなくてはならない。奥さんがアシスタントもしていたというのだから、仕事に「逃げる」わけにはいかず、仕事に向かっても奥さんのことがずっと頭に浮かんでいたのだろう。


5年が経った2010年の上野家でラストを迎える。再婚した事実について触れられ、ある意味、ハッピーエンドのかたちになっているが、元の奥さんのことはこれからも上野顕太郎から消えることが無いことは、絵から伝わってくる。
何と言うか、読み終えても息がつけない作品だ。
早く上顕のギャグ漫画を読みたくなった。

帽子男 (BEAM COMIX)

帽子男 (BEAM COMIX)

補足

エントリを書いたときは忘れていたが、7月頃に「スゴ本」で、シリーズ的に「死(主に癌)」について取り上げていたことがあって、その流れでこの本も読んだのだった。とすれば、次に読むのは、必然的に重松清の『カシオペアの丘で』になりそう。

で、『さよならもいわずに』について追記するならば、本書での死が怖いのは、結局、原因が事前には予測が難しいものであったこと。闘病生活の末、というように、受け入れる覚悟をしてから迎えたものでなかったのは良かったのか悪かったのか?
とはいえ、たいがいの病気は予防や早期治療が効果があるのだから、あらゆる努力をして、リスクを減らしていきたい。オリジナル・ラヴのツアータイトル「好運」に関連付けていうのならば、日常生活で感じられる幸せというのは「好運にも」転がり込んでくるものではなく、それ自体が日常の努力によって支えられているのだろうから。