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とにかくオススメ!〜西林克彦『わかったつもり 読解力がつかない本当の原因』

わかったつもり 読解力がつかない本当の原因 (光文社新書)

わかったつもり 読解力がつかない本当の原因 (光文社新書)

「わかったつもり」とは何でしょうか?
この本では「わかる」「わからない」「よりわかる」それぞれの状態を明確に定義した上で、「わかった」という錯覚こそが、よりよく読むための最大の障害であるとしています。つまり「わかったつもり」は、読解を「不十分な読み」や「間違った読み」にとどめ、そこから先の探索活動を妨害する、偽の安定状態なのです。
この本の凄いところは、豊富に用意された例文を読むことによって、実際に本書が主張する「わかったつもり」が体験できるということ。
その上で「わかったつもり」への処方箋が書かれているので、以下に書く処方箋だけに目を通すよりも、実際に本を読んだ方が絶対に理解が深まる。その意味で非常に完成度が高い実用的な本です。
個人的には「わかったつもり」がどのように作られるかを説明した第4章と、そうやって作られる「わかったつもり」の壊し方を説明した第5章が興味深かったです。
例えば、多種多様なものごとに、何らかの分類や整理ができそうなときにも、「いろいろある」という文脈を持ち出すことで、「わかったつもり」に陥り、文章読解の探究を断念するというくだりなどは、小学一年生の教科書から例文を挙げて説明されているのですが、理解しやすく、また身につまされるものでした。(p150)
また、「善きもの」「無難」というスキーマへのあてはめの危険については、身に覚えがあり、背筋が寒くなります。

環境問題について話題にされたとき、実際に具体的に検証することなく、「人間悪者論」が持ちだされ、それで「わかったつもり」になることもなくはありません。
私たちは、このように「人間悪者論」とか「地球にやさしい」などといった、現代という時代にマッチする、通りのよい多くの知識を保持しています。これらはそれぞれひとまとまりの知識群をなしていることが多いでしょうから、スキーマというふうに呼んでおきます。(略)
本節で示しているのは、文章にそれらしい記述があると、そこにいかにも当てはまりそうな、時代にマッチし、通りのよさそうなスキーマが誘発され、読み手がそれらのスキーマを使って、部分を読み飛ばし、都合のよい意味を引き出して、「わかったつもり」を構築してしまうということです。(p159)

本書では、これらの「わかったつもり」を見極めるために、自分なりのまとめをしてみることを薦めています。自分なりのまとめをしたあとで、その「まとめ」が、あまりに簡単なものであった場合や、「当たり障りのないきれいごと」が出てきたら要注意で、それが本当に文章の当該部分に適用できるのかと疑ってみるべきと説きます。
今回、並行して、手塚治虫ブッダ』を読んでいたのですが、漫画は読みやすいだけに、勝手な解釈を当てはめて「わかったつもり」に陥りやすいことを感じました。感想は、おいおい出していきますが、「よりわかる」ための作業を行ったおかげで、少なくとも初読時よりは理解が進んだかと思います。


なお、これら読み手の「解釈」の自由度については、第5章で「整合性」というキーワードを用いながら説明がなされています。センター試験を題材とした論の展開と、多くの人が持っている現在の国語教育への違和感の指摘は、なるほどと思わされるものでした。作者は「違和感」の原因について以下のように述べています。

その原因は簡単です。文章の解釈は自由であっていい、と先生に言われながら、実際の授業や試験では、ただ一つのものが正答とされたことに対する違和感です。そのせいでしょうか、学生たちにアンケートをとってみると、ほんの一部の者が、文章には一つの正しい解釈(多くの場合「著者の考え」)があると答えますが、他の圧倒的大多数は、文章の解釈は各人の自由であってよいと答えるのです。
もうすでにお気づきの通り、このどちらの意見も正しくないというのが本書の立場です。つまり解釈は、記述との間で整合性がある限りにおいては自由ですが、整合性のないものは許されないという考えです。(p197)

つまり、自らの解釈の「正しさ」を信じ過ぎることは、他の解釈を排除することにつながりかねない。解釈が妥当であるかどうかを「正しさ」に求めるのではなく、周辺の記述や他の部分の記述との「整合性」だけに求める、という作者の態度(p193)には、非常に共感できます。


今回、人や物事を安易にわかったと思わない方がいいという主旨のluckdrgonさんの以下のブログ記事をきっかけに、この本を読みましたが、断定的になりやすいネット論争でのふるまい方をはじめ、いろいろな部分で使える応用性の高い技術なので、何か思い当たることのある人にはぜひオススメの本です、


以下、巻末のまとめから本書内容の抜粋。

「わからない」「わかる」「よりわかる」について(第1章)

  1. 文章や文において、その部分間に関連がつかないと、「わからない」という状態を生じます。
  2. 部分間に関連がつくと、「わかった」という状態を生じます。
  3. 部分間の関連が、以前より、より緊密なものになると、「よりわかった」「よりよく読めた」という状態になります。
  4. 部分間の関連をつけるために、必ずしも文中に記述のないことがらに関する知識を、また読み手が作り上げた想定・過程を、私たちは持ちだしてきて使っています。(文脈とスキーマ

文脈の働きについて(第2章)

  1. 文脈がわからないとわからない。
  2. 文脈がスキーマを発動し、文脈からの情報と共同して働く
  3. 文脈がそれぞれの部分の記述から意味を引き出す。
  4. 文脈が異なれば異なる意味が引き出される。
  5. 文脈に引き出されたそれぞれの意味の間で関連ができることで文がわかる。

「わかったつもり」が作られやすいパターン(第3、4章)

  • 文章の構成に読み手が惑わされた「わかったつもり」(文章からのミスリード
    • 「結果から」というわかったつもり
    • 「最初から」というわかったつもり
    • 「いろいろ」というわかったつもり
  • 読み手の既存のスキーマによる「わかったつもり」(知識・経験・価値判断のあてはめ)
    • 全体に当てはめられやすいスキーマ(例.鶴の恩返し)
    • 部分に関して当てはめられやすいスキーマ(善きもの、無難)

「わかったつもり」から「読み」への進展過程(第5章)

  1. 「わかったつもり」の状態
  2. 新たな文脈による、部分からの新しい意味の引き出し
  3. 引き出された意味による矛盾・無関連による「わからない」状態
  4. 新たな無矛盾の関連付けによる「よりわかった」状態

「読み」を深めるための「想像・仮定」に関する制限(第5章後半)

  1. 整合的である限りにおいて、複数の想像・仮定、すなわち「解釈」を認めることになります。間違っていない限り、また間違いが露わになるまで、その解釈は保持されてよいのです。
  2. ある解釈が、整合性を示しているからといって、それが唯一正しい解釈と考えることはできないのです。
  3. しかし、ある解釈がどこかの記述と不整合である場合には、その解釈は破棄されなければならないのです。