Yondaful Days!

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なぞのネーミング〜眉村卓『なぞの転校生』

なぞの転校生 (講談社青い鳥文庫)

なぞの転校生 (講談社青い鳥文庫)

ねらわれた学園』とともに眉村卓ジュブナイルSFの傑作として知られる本作は、前々から読みたいと思っていた。
最近よくあるパターンなのだが、青い鳥文庫fの復刻版バージョンを、よう太に読ませてみて「面白かったよ」と太鼓判をもらったので、自分も読んでみた。


ところが、いくつかの点がしっくり来なかったため、スッキリしない読書となった。

モヤモヤポイント(1)整った顔だちで、まるでギリシャ彫刻を思わせる「なぞの転校生」の名前が山沢典夫

タイトル通り、主人公・岩田広一のクラスに転校生がやってくる。(表紙イラストの左の学ラン男子)
あまり喋らずクラスの女子が夢中になるような美少年という設定は「なぞの転校生」にぴったりだと思う。
しかし、この名前はどうだろう。
山沢典夫(やまざわのりお)!
今の、いや自分のよく知る80年代以降の話では、ここまでミステリアスな感じが皆無な名前は珍しいと思う。*1ひたすらに善良な感じがする。他2人のメインキャラである岩田広一と香川みどりと比べても、ずば抜けて牧歌的だ。
自分は、どんな名前も、優劣の評価をするのは嫌いで、勿論、典夫がダメということではない。「なぞの転校生」にふさわしいネーミングを考えた場合に、完全にランク外の名前だと感じるだけだ。
発表当時の1967年という時代は、典夫(のりお)という名前がミステリアスな雰囲気を持っていたのだろうか。緒方剛志の描く90年代以降のイラストとも全く合わないので、誰に文句を言うわけでもないが、基本的な部分でモヤモヤを感じた。

モヤモヤポイント(2)見たかった「なぞの転校生たちの超人的活躍」は前半部のみしかない

なぞの転校生がやってきて始まる物語なので、学園を狙う秘密組織と戦う話かと思ってワクワクしてその出番を待っていたら、そういう場面は一切ない。
広一の学校に転校してきた「なぞの転校生」は複数おり、全員が勉強もスポーツも万能。そこまではいい。
しかし、運動会の対抗リレーに学年代表として出ていた彼らは、学校近くを低空飛行するジェット機に驚いてレースを捨てて逃げ出していく醜態を見せる。また、典夫は授業中に核戦争の恐怖を語り、泣きだしてしまう…。
微妙に弱々しいのだ。

モヤモヤポイント(3)カタルシスがないまま、中盤の展開で地球(D-15世界)を捨て、他の次元に逃げ出す

その後、自宅を訪れた記者に対して典夫がレーザーを撃ってしまったことで、彼らは窮地に立たされる。
彼らが住んでいた世界は、核戦争によって壊滅してしまい、住みやすい場所を求めて、別の次元、別の次元へとさまよう次元放浪民*2が、彼らの正体だった。
結局、悪を倒すことなく、数々のトラブルを起こした末に、「自分たちには、この世界(D-15世界)は無理だったね」と別の次元に逃げ出してしまう、変な展開。


とはいえ、逃げ出そうとする次元放浪民のリーダーである典夫の父親を説得するシーン、そして、その後、典夫の父親が改心するシーンは、なかなか感動的だ。

広一:「そういうふうにつぎからつぎへと別の世界に移っていって、それでおしまいにはどこか理想の世界が見つかるんですか?」
(略)
典夫父:「いつかは、そういう世界へ移りたいと思っているし、そういうところを探しているのもほんとうだよ。でも、どんな世界だって、住んでみなければわからないのだ。」
(略)
広一:「それでいいんでしょうか」「ね!理想の世界なんてものは、ほんとうにあるんでしょうか?住む人の心持ちしだいで、どうにでもなるんじゃないでしょうか?」
P135


その後に訪れたD-26世界で酷い目に遭った彼らは、自らの非を認め、D-15世界でやり直すことを誓う。

わたしたちのしなければならないのは、時代を逆行させたり、逃げまわったりすることではなく、勇気を持って未来に立ち向かい、わたしたち自身のための未来を創りあげること。最終戦争の恐怖におびえるまえに、なんとかしてみんなで最終戦争が起こらないよう、力を合わせること…これだったんですね。いや、そうでなければならないんです。P179


この部分の前向きなメッセージ、核戦争への恐怖など、全体のテーマは刊行後、半世紀近い年月が経とうとしている今でも十分に通じるものがある。
だとすると、全体的にしっくりこなかった理由は、『なぞの転校生』というタイトルと、緒方剛志のスタイリッシュなイラストによるミスリーディング、そして何より山沢典夫というネーミングセンスの断絶だったのではないか、とまた、そこに帰ってしまうのでした。

*1:例えば、1982年からスタートする夢枕獏の『キマイラ・吼』シリーズは、今見てもパーフェクトなネーミングセンスだと、自分には思える。

*2:もとは次元ジプシーという言葉だったが差別用語であることから、2004年の復刻版のときに、変更しているとのこと。