Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

たくさん考えたおばあさんになるのだ〜益田ミリ『結婚しなくていいですか。』

今年に入ってから益田ミリブームが来て、すーちゃんシリーズは4作を全て読み終えました。
どれも、すーちゃんが日々の生活を過ごす中で人生について考える、プチ哲学書のような味わいで、スカスカな漫画にもかかわらず、読んだ人が誰も自分の人生に引きつけて考えたくなる名作シリーズです。
そのシリーズの中でも屈指の問題作といえるのが、この『結婚しなくていいですか。』です。

結婚しなくていいですか。―すーちゃんの明日 (幻冬舎文庫)

結婚しなくていいですか。―すーちゃんの明日 (幻冬舎文庫)


主人公のすーちゃんは、この巻では36歳独身女性のカフェ店長。
「このまま歳をとってあたしが死んだらどうなんの?」「ハー」という独り言から、突如、遺言でも書いてみようと明るく決心するすーちゃん。その考えのめぐらせ方と、行動に移す早さがものすごく彼女らしいですが、実際に遺言を書き始めてから、ふと我に返るあたりが最高です。

ちがう
あたしの不安は、


「死んでからじゃないじゃん」


不安なのは、
老いている自分


老いて、おばあさんになったときに
生きているのがつらいと思っている状況だったら


って想像すると
不安になって来るんだ


はー


このあとで、すーちゃんの発する

  • 「将来何になりたいか子どもの頃はよく聞かれたけど、大人になってしまえば もう、聞かれない」
  • 「大人の未来には何が待ち受けているんだろう?」

とという言葉は胸に刺さりました。特に、自分は「将来」のことを考えるのが、子どものときから苦手で、そもそも「自分が成長している未来」ですら上手く描けず、ましてや、この本が扱っている「自分が老い衰えている未来」(大人の未来)については、思考停止が加速して、「不安」という名の暗黒空間が漠然と広がっています。
最近、ほとんど年が変わらない先輩らが老眼の話題で盛り上がっていましたが、自分も「老」を不安に思うだけじゃなく、多分、すーちゃんのように、何か行動に移すことが必要なのだと思いました。


この本でのメインキャラクター3人のうちの一人、去年結婚してもうすぐ子どもが生まれるまいちゃん。久しぶりに会ったすーちゃんとまいちゃんの(表面上は)盛り上がっているお喋りの裏で、すーちゃんは心の中で、大いに疲れ、軽く傷ついています。そして、まいちゃんも、すーちゃんに気を使わせていることを分かった上で、何かを吹っ切ろうと頑張っている。
相手の気持ちを全てわかったり、常に先回りして配慮する必要はないけど、ときどき自分とは違う立場の人の考えを聞いたり気持ちを理解していきたい…。
しかし、「思いやり」という当たり前のキーワードについて、(もう一人のメインキャラクターである)さわ子さんは、別の見方を示してくれます。
さわ子さんは、女性同僚の何気ない言葉(セクハラ)に覚える不快感に対してこのように考えます。

でも慣れたりしない
慣れることは許すこと
こうゆう鈍感な言葉に
傷つくことができるあたしでいたい

言われてみれば確かにそうです。
他人のことをどうこう思いやるよりも先に自分の感情がどう動いているのかをしっかり意識して、その気持ちを大事にすることの方が大切かもしれません。
自分の心の微妙な動き(イラつき、ときめき)が分からないと、他人の心を思いやることはできないでしょう。


だから、このシーン(お風呂に入る前に「元気で長生きがいちばん!!」と言って、ふと考えるシーン)も、常に自分の心で対話を続けているすーちゃんだからこそのシーンです。
さわ子ちゃんの指摘する「人を傷つけてしまうこともある鈍感さ」に、言葉を発している側なのに気がついているところが、すーちゃんの強みなのです。

誰が
好き好んで
寝たきりになりたい?


なりたい人なんか
いるわけない


「元気で長生きがいちばん」って


もしかしたら
誰かを
キズつけてる言葉なのかな


知らず知らずのうちに鈍感になってる
自分の言っていることの意味を
考えなくなってる


気をつけなくちゃ


たくさん考えて


「たくさん考えたおばあさんになるのだ〜」


この本のメインテーマは「大人の完成形って?」(人に迷惑をかけないおばあさんになるのが正解なの?)というあたりで良いと思いますが、上に引用した部分も含めて、すーちゃんも、さわ子さんも別々に自分なりの想いをめぐらせながら考えをまとめて行きます。その過程は大好きなのです。


…なのですが、やはりこのタイトル!
この本のメインキャラクター3人〜独身のすーちゃんとさわ子さん、そして、結婚したばかりで子どもも生まれるまいちゃんという3人は、それぞれに結婚について考える場面は多く、特に、さわ子さんの結婚話が本全体の大きな筋になっていることは確かですが、結婚というのはメインテーマではなく、サブのテーマだと思います。
それなのに、このタイトルにすることで、最後の最後に、とある理由で結婚の熱が冷めるさわ子さんのエピソードがものすごく際立ってしまうのです。(ここ最近読んだ話の中でもかなり上位に入る大嫌いなエピソードです。)


結局、結婚をするかしないかは、誰かに許可を得て行うようなものじゃないですよね、というごく普通の主張がこのタイトルに表れているのでしょう。特に、女性の側からすれば、結婚によって、自分の選択の可能性が狭まったり、出産によって自由な時間が奪われることへの不安がある。
さわ子さんの彼は、自分の発言のどこが不味かったのかにすら気が付かない「悪気のない人」なのかもしれません。しかし、何気ない発言の中に、彼の結婚観が如実に表れてしまっています。そのことに鈍感でいたくないなあ・・・というのが、上に引用したすーちゃんのセリフに繋がるのだと思います。


結婚については、すーちゃんのカフェに、月に何度か顔を出す中田マネージャーも「不注意な発言」をしていて、すーちゃんに「さぶ〜」とか思われていますが、別に失言というわけではなく、軽い言葉の中に結婚観や人生観が表れてしまうことの一例として挙げられているのでしょう。
一言一言がその人の人格を形づくっているわけではありませんが、たった一言で相手を幻滅させることもある。そう思えば、やはり、すーちゃんのように、常に自分を振り返りながら、少しでも前に進む努力を続けて行かなくては!と思います。
つまり、すーちゃんの言葉は、ひとことを切り出して名言になる言葉もあるのですが、それを発しているすーちゃんの前向きな姿勢がそれを名言にしているのだと思います。
そんな人になりたいですね。

補足

2014年に映画化されたのは、この巻に収められたエピソードが中心のようです。
見てみたい気もありますが、Amazon評の指摘にもありましたが、漫画のすーちゃんは常に無表情なので、泣いたりするシーンは合わないだろうなあ、と思います。