Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

増幅する「嫌い」にどう対処するか〜益田ミリ『どうしても嫌いな人』

豊島ミホ『大きらいなやつがいる君のためのリベンジマニュアル』から「嫌いな人」の連想で、すーちゃんシリーズの、この本を読み直してみた。
この本を読んで気が付いたことは、リベンジマニュアルや桐島のアプローチは、別に万能ではないこと。
学校生活は、友だちにならなくてもやり過ごせる人たちの集団であって、そこがリベンジマニュアルの射程範囲。
社会人になっても、大企業であれば、日常的に存在を意識しなくてもいい相手が沢山いるので、これもいわば学校的な集団と言えるので、ここも対象に含まれる。
つまり、学校や学校的な集団の中では、何を意識して、何を意識しない(引きずられない)ようにすればいいのか、という、リベンジマニュアルの方法が可能となる。


しかし、小規模な職場や、家族、もしくは付き合っている相手だったら、その方法は使えない。
具体的に、リベンジマニュアルの対応策の4つのポイントを振り返って見ると、それがよく分かる。


1.自分にとって有害なやつは「自分にとって有害なやつ」以上でも以下でもないと考える。
 →上司だったり部下だったり配偶者だったり、単なる「自分にとって有害なやつ」以上の関係が既にあり、それを否定するのが難しい。また、今後数年はその関係が続くことが見えている。

2.なぜ害されたか、心のなかで分析しそうになったら止める。
 →上記の関係性の中で生じた「嫌な気持ち」は、無能、不親切、無関心など、原因が自分にあることも多く、簡単に見過ごすことができない。(分析して対処が必要)

3.悲しければ泣く。つらいと言える相手がいたら言う。
 →これはその通り。

4.相手を変えようと思わない。相手と自分との接点だけを切る
 →これが今回の文章の結論になる。あとで解説。


この本に出てくる「どうしても嫌いな人」で困るのは、すーちゃんとあかねちゃん。
すーちゃんはカフェの店長だが、年下の店員(女性)の言葉遣いや生き方がどうしても嫌い。しかも、オーナーの親戚なので、ゆくゆくは彼女の上司になるかもしれない。
あかねちゃんも、会社の先輩にイライラしている。同じ部の2名しかいない女性社員のもう一人なので仲良くした方がいいが少しズルい人。それとは別に、そろそろ結婚しようと考えている交際相手の言動にどうしても許せない部分(飲食店で店員に偉そうにふるまう)があり、それが話の最後まで引っ張ることになる。


すーちゃんも、あかねちゃんも、「嫌いな人」のことを「決定的な悪人」とは考えておらず、そのことが自分を苦しめている。

それはとてもささいなことなのです
だけど、ささいなことであったとしても
積み重なることでずっしりしてくる
(あかねちゃん:p28)

それは、とてもささいなことなのだと思う
人を嫌いになる理由(略)
なにかひとつのことが嫌いなんじゃなくて
いくつかの小さいイヤな部分が
まるでたんすの裏のホコリみたいに
少しずつ、少しずつたまっていき
大きなホコリになるんだ
そして 掃除機で吸い込めないくらいに、その人のことが嫌いになる
(すーちゃん:p34)


傍から見てささいなこと、とは言っても「嫌いな人」問題は、当人にとってはとても大きな問題。
すーちゃんはカフェの店長になって2年、自分の好きな仕事に就いて慣れてきたタイミングなのに、「嫌いな人」のせいで、毎日、疲れを感じて仕事にも行きたくなくなる。
あかねちゃんは、結婚しようとしている相手が今の彼氏で正しいのか不安になってしまう。
すーちゃんの「嫌いな人を慕っている人も嫌い」になり、それがおかしいからこそ、また自分を責めてしまうという感じもよく分かる。
(なお、すーちゃんが嫌いな相手「向井さん」の、イライラする言動は、読んでいてこちらも苛ついてしまうくらいリアルだと思う。)


しかし、結局、すーちゃんとあかねちゃんは、それぞれの方法で、「どうしても嫌いな人」の呪縛を断つことになる


すーちゃんは転職することにした。「思い立ったら即行動」がすーちゃんらしいが、最初は「あたしが辞めたら後のことはどうなる!!」と躊躇する。しかし、次のように、何が自分に大事なのかを考え直す。

いいじゃん。後のことなんて。
先のことのほうが今のあたしには大事なんじゃない?
だってこんなことつづけてたら
こんがらがってほどけなくなっちゃう気がする


嫌いな人のいいところを探したり、
嫌いな人を好きになろうとがんばったり
それができないと自分が悪いみたいに思えて
また苦しくなる


逃げ場がないなら
その部屋にいてはダメなんだ
このさい、脱走しかあるまい
辞めよ
仕事、もう辞めよ
p136

逃げるという選択肢を取る場合に、それを躊躇させる視点には、(1)自分の不利益(2)残された人への迷惑以外にもうひとつ、(3)嫌いな人の利益という視点があると思う。今回の場合、すーちゃんの「嫌いな人」である牧野さんは、すーちゃんが辞めて「せいせいした」と思うかもしれない。それでも、とにかく「先のことのほうが今のあたしには大事」という考え方を優先させるすーちゃんは、淡々とした表情の中に筋の通ったものがある魅力的な人だなあ、と改めて思う。


あかねちゃんは、彼に、直してほしいと思っている部分をちゃんと伝えることができた。
これもひとつの選択肢だと思う。というか、今後仲良くつきあっていく人(家族)であれば、早いタイミングでそれを伝えないと、どんどん「嫌いなこと」が増えていってしまう。あかねちゃんは、結婚して退職するかどうかというタイミングで、自分が流されていく中で、「ささいなこと」に区切りをつけた。
リベンジマニュアルでいう「4.相手を変えようと思わない。相手と自分との接点だけを切る」について、すーちゃんは、「接点を切る」選択肢を、あかねちゃんは「相手を変える」選択肢を取った。あかねちゃんの「嫌い」の対象は、あくまで彼氏の一部なのだから、その嫌いな部分だけ変えてもらえばいい。


なお、あかねちゃんは退職をしないことにしたので、会社同僚の木村さんについては同じ関係がしばらく続く。実際には、あかねちゃんと木村さんの関係のように、「嫌いな人」と、しばらくその関係を続けなくてはならない場合がほとんどだと思う。
だから、マニュアル的に「相手との関係を切る」「相手を変える」という選択肢ではなく、もっと曖昧に「嫌いな人」をやり過ごすテクニックを個々人が磨いていかなくてはならない。そこが「小中高生」と「オトナ」の決定的な違いかもしれない。
自分の場合はどうしているかを聞かれると難しい。「嫌いな人」はいるが、そこまで「嫌いな人」のことで苦しんだことはない。あかねちゃんが一旦退職を決めて心が楽になったように、心を「嫌い」からできるだけ遠ざけることで、「嫌い」が増幅しないようにできるのかもしれない、とも思う。
そういうときに、自分の「忘れっぽい」ということは、プラスに働いている気がする。
また、異動を何度か経験しているが、社内の人間関係が定期的にある程度リセットされるのも自分にとっては良かったのかもしれない。


人によっては、すーちゃんのように仕事を辞めざるを得なくなることもあるので、これから就職する人は、「嫌いな人」がいた場合に、勤め先で何ができるか、何をしてもらえるのかをシミュレーションしておくのも良いと思う。
…と考えていくと、「嫌いな人」対策は、死ぬまでつきまとう大きなテーマなのかもしれない。