Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

ひどいことを言われたときにどうするか?〜豊島ミホ『大きらいなやつがいる君のためのリベンジマニュアル』

豊島ミホさんは、早稲田し、大学在学中の2002年、『青空チェリー』でデビューし、2005年に発表した『檸檬のころ』は映画化もされている。その後2008年に休業宣言し、今回が7年ぶりの本だという。
そういった情報は全く知らず、タイトルが刺激的だったので読んでみた。

他人から理不尽な仕打ちを受け相手に憎しみを抱いてしまっている若者や、スクールカーストがはびこる教室や空気を読み合う狭い人間関係に息苦しさを感じて いる若者たちへのメッセージ。高校時代に級友に傷つけられその精神的ダメージに長く苦しめられてきた著者が、自らの体験を振り返りながら憎しみとの向き合 い方を語る。

やや語弊がある言い方だが、ざっくり言うと、相当に「めんどくさい本」だと思う。
豊島ミホさん本人もブログで“「私のめんどくさいとこ」の総決算的な本”と書いているが、ここまで自己分析に徹して、過去の自分を否定した上で、自分が一番大切にすべきことのみを掘り下げた本は珍しいと思う。
まえがきにも書かれているように、作者が高校時代に受けたダメージは、暴力など目に見えるかたちのいじめではなく、「見下される」「カーストの下層の人間と位置づけられる」という、本人の捉え方次第と言われかねないものだ。勿論、極端ないじめに苦しんだ経験をベースにした本ではないことで、多かれ少なかれ読者に当てはまる部分がある内容だとは思う。
だが、この本が特殊なのは、とにかく状況を豊島ミホ個人のものに落とし込んでいっていること。いじめられている人、苦しんでいる人に向けて「あなたの気持ちはとてもよく分かります」というスタンスでは書かれていないこと。
とは言っても、岩波ジュニア新書で書かれているので、想定する読者は中高生ということになるし、個人的な体験談に多くのページが割かれているが、第5章・第6章は、そういった若い読者への具体的なアドバイスになっている。
しかし、実際には誰に向けて書かれているかといえば、やはり高校時代の豊島ミホ本人に向けて書かれている本だ、という風に感じる。それこそ「総決算」の本だ。


6章で示される、「大きらいなやつ」対策のポイントは以下の4つ。

  1. 自分にとって有害なやつは「自分にとって有害なやつ」以上でも以下でもないと考える。
  2. なぜ害されたか、心のなかで分析しそうになったら止める。
  3. 悲しければ泣く。つらいと言える相手がいたら言う。
  4. 相手を変えようと思わない。相手と自分との接点だけを切る

この中で、特に重要で、4つのポイントの根本に位置するのは「自分ルール」と「相手ルール」で、その見極めがしっかり出来ていること。

「私のルールとあなたのルールは関係ない」。自信を持ってそう言い切るためには、周りを、自分を、信頼していることが大事です。p193

著者を悩ませた、いわゆる「スクールカースト」の正体は何か、といえば、彼女が「あいつら」と呼び、敵対視する、いわば「勝ち組」、スクールカーストの上位に位置すると思っている連中のルールだった。つまり、「自分ルール」とは無関係なところで作られた「あいつら」の評価基準(相手ルール)が自分に侵食してきていたことが、カースト下層で苦しんでいた自分の悩みの根本だったと悟る。
このことについて、意識的ではなかった2006年の著作『底辺女子高生』の記述をわざわざ取り上げて否定してみせる(p158)、など、自分の考え方の変化を正直に書いているところは、とても信頼できるところだ。
また、この「自分ルール」をどう育てていくか、については、このように書いている。

まずはちゃんと「自分の友だち」(傍にいてくれる人)からの価値判断を受け取ること。(略)
それから、自分を信じる。(略)自分が何が好きで、何が嫌いなのか、はっきりさせておくこと。そしてその気持ちにフタをしないこと。

この本では冒頭から繰り返し書かれているが、「いつも自分を大事にすること」(p5)が重要で、この本の中では、それは、とにかく今の豊島ミホさんが「大事にしたい自分」が満ちていることでも明確に示されている。
そして、このテーマは、映画『桐島、部活やめるってよ』でも描かれた内容だった。

そのような不穏な学校生活を舞台にした『桐島〜』のリアルなところは、モテない主人公がモテるようになる、弱者が強者に打ち勝つ、という結末にならないところ。感動の場面を経ても、人間同士の力関係には全く変化がない。
クライマックスで、ある登場人物が、別レイヤーの評価視点を得ることで、自分に不足していたものを知り、心に嵌めていた足枷を取る、そこに全てが結実するところに爽快感がある。部活をやめた桐島は、先に、その視点を得ていたのかもしれない。
この映画が示した一つの価値観というのは、こういうことだ。(それはやはり「一つの価値観」であって、決して「正しい価値観」ではない)

(出来る出来ない、とは無関係に)自己表現の手段を知っていて、それによる達成感を得ている人こそが魅力的


自分が10年以上ブログで文章を書いたりしているのも、別に意味のないことではなくて、「大事にしたい自分」を育てるという意味で、自分の精神状態に強く関与しているのかもしれない。その意味では、ブログを書いていて良かったのかも…と思った一冊でした。


なお、豊島さんは悩みの「底」において、2冊の本に救われている。ひぐちアサ『ヤサシイワタシ』と、よしもとばなな『彼女について』だ。これについては本文中では実際に読んでほしいと内容が伏せられていて気になる部分もあるので、是非トライしてみたい。