Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

すべての人に寄り添いたい…と思ってしまったときにオススメの2冊『正欲』×『きみはだれかのどうでもいい人』

今、キム・ジヘ『差別はたいてい悪意のない人がする』という本を読んでいます。

自分も差別的な発言をしていることや、そもそも自分が持っている特権への自覚のなさが、そういった差別を引き起こすことに気づかされる良い本だと思います。
こういう本を読むことは自戒の効果がある一方で、その分、世間の言動や街にあふれるポスター等に厳しくなってしまうという(気分的な)弊害もあります。また、身の回りのことをすっ飛ばして、「誰もが生きやすい世の中」とか、「すべての人に寄り添う」とか、どんどん頭でっかちな、ある意味で傲慢な理想主義に偏ってしまいがちになることには注意が必要だと思っています。

そんなときに冷や水を浴びせてくれる小説2冊を紹介します。

朝井リョウ『正欲』

一冊目は朝井リョウの作家生活10周年記念作品『正欲』です。

この小説は、多様性をテーマにした学園祭の準備を進める大学生女子、「彼氏いないの?作りなよ」という周囲からの言葉に嫌気がさすアラサー小売り販売員、Youtuberとなった不登校小学生を抱える検事の家族、大きく分けるとこの3つの話が交差しながら進む物語です。
この小説のテーマは鍵カッコつきの「多様性」です。小説内に特殊な性癖を持つ人が出て来て、その生きづらさが語られます。その当事者のセリフが「多様性」という言葉の欺瞞をよく表しています。

自分が想像できる”多様性”だけ礼賛して秩序整えた気分になってそりゃ気持ちいいよな
お前らが大好きな”多様性”って、使えばそれっぽくなる魔法の言葉じゃねえんだよ
自分にはわからない、想像もできないようなことがこの世界にはいっぱいある。そう思い知らされる言葉のはずだろ
p337

タイトルにもなっている、りっしんべんの「性欲」という観点で言えば、マジョリティの異性愛者が、OKかNGかを判断している状況。最近になって、同性愛者に対しても、「OK側」に入れてあげまよう。アセクシュアル…そういうのもあるのか…。それも「OK」にしよう。でも小児性愛は絶対に「NG」!
…という感じでしょうか。


この小説では最初に、小児性愛者集団の逮捕記事を持ってくることで、小児性愛はダメだよね、とある程度読者側にも線引きさせ、小説内では小児性愛ではない、特殊な性癖を持ってきて、その「線引き」と「多様性」という言葉の意味付けについて意識させます。

作中の、別の「当事者」の言葉をもう一つ引用します。

多様性とは、都合よく使える美しい言葉ではない。自分の想像力の限界を突き付けられる言葉のはずだ。時に吐き気を催し、時に目を瞑りたくなるほど、自分にとって都合の悪いものがすぐ傍で呼吸していることを思い知らされる言葉のはずだ
p188

自分は「多様性」を重視する姿勢は大切だと思いますが、ある種の思考停止を産みやすい言葉です。世の中にあふれる「多様性」という言葉を考え直したい人にオススメの小説です。

伊藤朱里『きみはだれかのどうでもいい人』

そしてもう一冊は、最近文庫化された伊藤朱里の『きみはだれかのどうでもいい人』です。

裏表紙の惹き文句をそのまま読みます。

同じ職場に勤める、年齢も立場も異なる女性たち。見ている景色は同じようで、まったく違っている――。職場で傷ついたことのある人、人を傷つけてしまったことのある人、節操のない社会で働くすべての人へ。迫真の新感覚同僚小説!

4つの短編の主人公4人は、県の税金事務所に勤める、25歳のまだ若い2人と、彼女たちの親世代である50歳の二人。
この小説が面白い一つ目のポイントは、同じ職場にいる4人がそれぞれ同期入社だったりするのに全く仲良くないこと。
仕事ができる人、できない人、職場復帰した人、お局様と煙たがられている人、でもそれぞれ仕事や家族のことで悩みながら生きている。
ここまでは普通。

決定的に特殊なのは、この4人とは別にいて、アルバイトで来ている38歳のストウさん。この人が全然仕事ができない。純真無垢で傷つきやすいイノセントな心を持っていて、そして全く仕事ができない。
吉田戦車の「いじめてくん」という漫画のキャラクター(爆弾)を彷彿とさせますが、主人公4人は、それぞれ彼女との会話の中でイライラを増大させ、「人として言ってはダメな一言」をストウさんに言ってしまいます。
どこの職場も、多かれ少なかれセクハラパワハラ防止や「働きやすい職場づくり」の問題に取り組んでいますが、その理想と現実を見た気がします。これが笑えないのは、4人が言葉に込めた「悪意」は、自分の中にも間違いなくあるからです。


『差別はたいてい悪意のない人がする』を手に取った自分は、「悪意のない人」として本を読んでいたのですが、いやいや、そもそも「悪意」はあるし、「悪意ある発言」をしてしまうこともあるよね、という当たり前すぎることに気づかされた一冊です。

この小説は、人を傷つけた人がしっぺ返しを食らう、とか、傷つけられた人が最後には救われる、という通常のセオリーがない物語なので、最初に読んだときは面食らいました。しかし、今回の文庫版では、島本理生さんの名解説が、色々とフォローしてくれるので、その意味でもオススメ。
朝井リョウ『正欲』も文庫化解説が今から楽しみです。

次に読む本

上の文章は、先日行われたビブリオバトル(2冊紹介のダブルバウトルール)の紹介の内容をベースにしていますが、その時に、大垣を舞台としている同時代高校生の物語として朝井リョウ桐島、部活やめるってよ』と大今良時聲の形』を紹介している方がいました。
どちらも映画のみしか観ていなかったので、それぞれ読みたいですが、『桐島』は伊藤朱里さんのデビューのきっかけとなった作品ということでちょうど気になっていました。

就職して4年目、長編執筆のきっかけが訪れる。
「27歳の時に、朝井リョウさんの『桐島、部活やめるってよ』を読みました。あまりにも面白くて、とてもおこがましいのですが、平成生まれの作家にこれだけやられてしまったら私なんかもういらないと思いました。同時に、どうしてもこの人と同じところで生きていくのだったら悠長なことは言っていられない、才能で書けないのは自覚しているから、時間をかけるしかないと思って、その年の冬に、仕事を辞めて執筆活動に専念するようになったんです」
インタビュー 作家 伊藤朱里さん|集英社 WEB文芸 RENZABURO レンザブロー

伊藤朱里さんは1986年生まれで自分の一回り下。(朝井リョウは1989年生まれ)
『きみはだれかのどうでもいい人』は50歳二人の心理描写が秀逸過ぎるので、少なくとも40代以上でいてほしい、と思いながら名前を検索してしまいましたが、執筆時は30代前半。その年でこんな風に書けるなんて、小説家はすごいなと改めて思いました。
ということで、伊藤朱里さんの太宰治賞受賞作と合わせて『桐島』は読みたいです。

参考(過去日記)

『きみはだれかのどうでもいい人』は、単行本のときに感想文を書いています。
pocari.hatenablog.com
朝井リョウは全然読んでない…。
pocari.hatenablog.com
pocari.hatenablog.com