Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

洗練されたネーミング〜夢枕獏『幻獣少年キマイラ』

四半世紀ぶりくらいに読んだ!(現在2巻まで)
今回、緑色の背中(ソノラマ文庫)でも、天野喜孝の表紙でもない角川文庫のバージョンを読んでも、初めて読んだのは中学1年生の頃のドキドキが蘇ってきた。


改めて読むと、学園の支配だとか、番長だとか、いかにも昭和の空気が漂う舞台設定で、(ここ数年に読んだ本では)眉村卓ジュブナイルSFを思い起こさせる。
しかし、『幻獣少年キマイラ』が1982年刊行とのことなので、眉村卓なぞの転校生』(1967)、『ねらわれた学園』(1973)よりも10年ほど後で、むしろ年代的には、島本和彦の名作ギャグ漫画『炎の転校生』(1983〜)に近い。
おそらく、いわゆる学園ものも1970年代〜80年代に色々なパターンが試されて、洗練されたのだろう。…と思わせるのは、ストーリー展開以上に、登場人物の「ネーミング」。
以前、『なぞの転校生』の感想で、整った顔だちの「なぞの転校生」の名前が山沢典夫かよ!!と書いたことがある。人の名前に優劣があるわけではなく、随分と失礼な感想だと我ながら思ったが、ドラマや漫画、小説で培った「学園ものとしての人物名ヒエラルキー」が脳内で構築されていたのだと思う。
その一つの理想形がキマイラ。
以下、主要人物名を追いながら、どれもネーミングが最高だという駄文を書き連ねる。

  • 大鳳吼。「鳳凰」の一文字が付いた、やや派手な名字に対して、孔子の「孔」という理知的なイメージの漢字に口編のついた、「吼える」という、キマイラそのものをイメージさせる名前。
  • 久鬼麗一。こちらもキマイラそのものをイメージさせる「鬼」。そして、その美貌を表す「麗」と、頂点を好む「一」。
  • 亜室由魅。機動戦士ガンダム(1979)以降なので、「アムロ」という響きのイメージは意識されているのかもしれないが、「安室」ではなく「亜室」という漢字を選んでいるのは「悪」という彼女のイメージにピタリ。「魅」については言うまでもない。
  • 織部深雪。これも白く柔らかい肌を持つヒロインを表す名前としてこれ以上のものはないのでは。少し古風な感じがするのも良い。
  • 九十九三蔵。「三蔵」の持つ仏教的意味はもちろん、兄の名前の「乱蔵」と比較したときに際立つ誠実さ。そして強そうな名前でもある。
  • 真壁雲斎。このあと出てくる宇奈月典膳と合わせて、強そうな爺さんキャラとして最高の名前。
  • 龍王院弘。主要登場人物の中では最も派手な姓に、最も地味な名を合わせたキャラクター名。2巻の中で、美貌を誇る男性キャラが3名も出てくると多い気もするが、大鳳吼、久鬼麗一とは、年齢差があり、全く雰囲気は異なる。「双龍脚」という必殺技を持つのも良い。なお「竜」ではなく「龍」を選んでいるのもイメージ通り。

それ以外のキャラクターとして、他に類を見ない、独特過ぎるキャラクター*1である菊地良二も、これ以外では考えられない名前と思っている。((やや地味な名前だったからこそ、2巻の段階では、隠れた存在になっていた)
また、西城学園の武道場である「鬼道館」、そして、真壁雲斎の暮らす「円空山」、そして、舞台である風祭(実在するとは知らなかった…)という地名まで、すべてが作品のイメージを壊さず増幅させる。
そう考えると、『なぞの転校生』から15年間は「洗練」された「学園もの」の登場人物名や地名が誕生するまでに必要な時間だったんだなあ、という想いを強くするのでした。

1巻の展開メモ。

  • 物語は、街中で大鳳が菊地と灰島に絡まれるシーンから始まる。助けたのは大阪から帰ったばかりの九十九。争いをやめさせたのは由魅。
  • 翌朝に初めて大鳳織部深雪が出逢う。
  • 大鳳が空手部の阿久津に呼ばれて向かった鬼道館で久鬼と初めて対面し、菊地と灰島の制裁を見せられる。
  • その帰りに、九十九三蔵に連れられて円空山に。真壁雲斎の前で、大鳳は九十九三蔵と手合わせをさせられる。(このときに、キマイラ化した久鬼も円空山を訪れていた)
  • 一か月が過ぎ、自分の強さに自信を持ち始めた大鳳は、坂口と久鬼の「果し合い」を見ることになる。久鬼の強さに気がついて、すぐに逃げ出した坂口。しかし、その後、大鳳は坂口ら4人と対決する羽目に陥り、織部深雪への仕打ちを見て「覚醒」し、4人を半殺しに。
  • 三日間の眠りから覚めた大鳳を九十九、深雪、雲斎が訪れたあと、亜室由魅が「あなたの欲しいもの」を2つ与え、「キマイラが出てくるのも、もうすぐね」と言葉を残して立ち去る。
  • 真壁雲斎のもとをキマイラ化した久鬼が訪れ「おれを、助けてくれ」と言って消える。
  • 九十九は、剣道部の主将・西本から、久鬼が「自分の右腕に肉を喰わせていた」のを目撃したことを聞き出し、久鬼に会いに行く。しかし、白蓮庵で待っていたのは由魅。彼女が大鳳との関係を告げたあと、久鬼は外に飛び出していったのだった。大鳳の身を案じて九十九は円空山に。
  • 白蓮庵を飛び出した久鬼は、小田原の繁華街で菊水組の沼川に絡まれ3人を半殺しに。
  • 九十九が向かった円空山では、大鳳が雲斎と練習をしていた。由魅と深雪のことで言い争いから手を合わせることになった大鳳は九十九に負ける。大鳳が帰ったあと、置き忘れた包みには生肉が入っていた…。
  • 月夜の帰り道、大鳳は、西城学園の近くで血まみれのサンシロウ(野良犬)の首と、倒れた織部深雪を見つける。少し離れた場所には、サンシロウの死体を屠る、キマイラ化した久鬼の姿が。駆け付けた九十九と雲斎をあとにして久鬼は闇に消えてしまった。

*1:天野喜孝のイラストのせいもあり、グインサーガ栗本薫)に登場する「アリストートス(アリ)」と双璧をなす独特のキャラクター