Yondaful Days!

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もっと勉強しなくては!~ミキ・デザキ『主戦場』


映画『主戦場』予告編

感想

GWにどの映画を観ようかと悩んでいた。もともと候補となっていたのは『ブラック・クランズマン』や『バイス』などの史実を題材にした映画。
そんなときに知ったのが『主戦場』。 
自分は杉田水脈ケント・ギルバートの主張に同意できない一方で、何故ここまで彼らが支持されるのか気になっていた。また、従軍慰安婦の問題について何が論点になっているのか等、基本的な部分を知らないので、これらをまとめて扱った『主戦場』は、まさに自分にはうってつけの映画のように見えた。
しかし、ネトウヨの揚げ足を取って嘲笑する左翼プロパガンダ的な映画だったら嫌だという不安もあった。特に今回は中3の長男と一緒に行くことになったので尚更だ。
(『バースデーワンダーランド』と『バイス』と『主戦場』からGWに観たい映画を選ばせたところ、彼は『主戦場』を選んだ。)


ところがそれは杞憂に終わった。
ひとことで言えば、とても勉強になる、そして勉強がしたくなる映画だった。
勿論、映画の後半になればなるほど監督の主張が出てくるため、中立の映画とは言えないが、膨大な情報量の交通整理が上手に出来ていて、まさに議論のスタートたり得る映画だと思う。
ただ、日本の現状が怖くなる映画だとも思った。
「特殊」に思える思想を主張する団体が政府の中枢を握っているということは、何度も言われていることではあるが、改めて指摘されると背筋が凍るようだ。
杉田水脈のインタビューでの(矛盾に満ちた)発言に、客席から笑い声も聞かれたが、自分には笑えなかった。

論点整理

杉田水脈が「騙された」と語ったと噂される通り、映画の中で歴史修正主義者として括られる人たち(杉田水脈、テキサス親父、ケント・ギルバート櫻井よしこら)は、多くを語りながらも「その主張の信頼性は低いのではないか」という取り上げられ方をする。
しかし、それは、慰安婦問題の論点整理をして、その一つ一つを検証した結果として出た結論であり、納得感が強い。最初から結論ありきの映画であれば自分は不快に感じていただろう。
この、 論点整理のおかげで 、対立陣営双方の異なる意見を整理して検証できる点が、この映画の一番の特徴であり、それが故に信頼感が増す理由となっていると思う。
例えば、慰安婦問題については、「20万人」「強制性」「性奴隷」という3つの論点で両陣営の意見を並べていく。(これは右派陣営として登場した山本優美子が重視していた3点だ。)このうち、20万人については、修正主義者たちの反論のいい加減さを指摘しながらも、いくつかある可能性の中の、最も多い数字を選んで語られている数字ではないか、と韓国( 挺対協)側を否定するような結論で終わる。


また、日韓問題についての米国の関与についても取り上げていることも重要だ。
すなわち、「その問題は解決済み」という根拠にされることの多い1965年の日韓基本条約、そして2015年の慰安婦問題日韓合意、そのいずれもが自国の利益のために米国が圧力をかけていたという見方も紹介している。デザキ監督はアメリカ人だが、日韓問題なので米国とは無関係だと片づけられない、というスタンスなのだ。


そして、韓国側の問題についても取り上げている。
インタビューで登場する修正主義者の人たちの次に否定的な取り上げられ方をするのは、韓国挺身隊問題対策協議会のユン・ミヒャンだろう。韓国側で慰安婦問題を引っ張るリーダーと言える。
彼女は、韓国内から慰安婦問題についての韓国のナショナリズム( 「20万人」という「盛った」数字で日本の責任のみを追及する運動のあり方) を批判したパク・ユハ『帝国の慰安婦』という本については、「吐き気がして、途中で読むのをやめた」という。
あとでも述べるが、「対立陣営の意見に耳を傾けない人は信頼がおけない」というのは、この映画の一貫したスタンスであるように思う。(これを教えることが出来ただけでも、長男と一緒に映画を観ることは彼にとってプラスだった。)
パンフレットを読むと、アソシエイト・プロデューサーのカン・ミョンソクさんは、それでも「映画が韓国のナショナリズムを控え目に論じている」と不満気であり、デザキ監督とはかなり論争したという。
なお、強制連行については、日本政府の「強制」以外に、『82年生まれ、キム・ジヨン』でも見られたような、韓国内での家父長制の問題も絡んでいたと語られていたのも印象的だった。同じく、慰安婦の方たちが戦後40年以上口をつぐんできた理由も言わずもがなだ。そんな「真実」は家族にとっては「恥」以外の何物でもないのだろう。

クライマックスに登場する「人物」(ネタバレ)

さて、映画が取り上げるのは、慰安婦問題の事実関係だけでなく、教科書問題、南京虐殺岸信介靖国神社日本会議フェミニズム-セクシズムなど幅が広く、情報量は膨大で、好奇心を途切れさせない工夫がされているとはいえ、後半になると飽きが出て「これ最後どうなるんだ?」という気持ちが湧いてくる。
そこで出てくるのが「謎の人物」である。
画面上には人物相関図が描かれ、これまでに登場した修正主義者たちをすべて繋げ、オノ・ヨーコのいとこでもあるという、相関図の真ん中に位置する人物…
一気にクライマックス感が出て、スクリーンに釘付けになったところで登場するのが、さまざまな団体の代表を務め、日本会議の代表委員でもある加瀬英明だという。


とにかく、加瀬英明のインタビューには度肝を抜かれる。
慰安婦問題を研究する歴史学者として、保守系から批判されることの多い吉見義明(映画では何度もインタビュー映像で登場)について問われれば「そんな人は知らない」と答え、保守系歴史学者である秦郁彦についても「秦君とは友達だけど本は読んだことない」「人の書いたものを読まないもので」とうそぶく。一方で、慰安婦問題について正しい歴史観を持っている歴史学者について問われると「それは自分だ」と答える。調べてみると、“「慰安婦の真実」国民運動”の代表を務めている。
ここまで両陣営の主張について論点を整理しながら慎重に検証を進めてきた映画のスタンスからすると、あり得ない態度だし、全く信頼ができない人物であることだけが伝わる。
フィクサーのような扱いで、この人を出してくるのは、もしかしたら事実に反していてそれこそ偏向なのかもしれないが、ここまで空っぽの人が多くの人に影響を与えている今の状況はかなり怖い。
また、さらに怖い(そして悲しい)のは、慰安婦像の目の前でインタビューを受けた日本人の学生旅行者、渋谷スクランブル交差点でインタビューを受けた学生らが、いずれも慰安婦問題を「知らない」と答えたこと。教科書運動が実を結んだ結果と言えるのかもしれない…。 (現在の中学歴史教科書には慰安婦の言葉はないという)

まとめ

パンフレットには、これら議論の論点以外に、ドキュメンタリー映画としての評価や、先ほども述べた、アソシエイトプロデューサーから見た不満点など、これまた多くの情報があり、執筆者も森達也、武田砂鉄らの名前が並ぶ。
森達也の寄稿の中で、「日韓の歴史認識の違いを研究したい」というゼミの韓国人留学生の要望を受けたときのことを書いている。森は「閔妃暗殺事件」の学校での取り上げられ方について、日韓双方の学生に問うのだが、当然、日本人の学生は知らない。それを見て韓国人留学生は呆然とする、という話だ。
自分も全く知らなかったが、「閔妃暗殺事件」は、李氏朝鮮の第26代王・高宗の妃で、1895年に暗殺された事件を指しており、犯人は日本人であるという説もあるらしい(森達也は日本公使の三浦梧楼と言い切っているが…)。慰安婦問題を知らない日本人学生を見て頭を抱えた自分が恥ずかしくなる。これについては、当時の日朝の関係について勉強しておきたい。
ということで、非常に勉強になり、刺激を受け、さらに勉強を続ける必要性を痛感する作品だった。*1
パンフレットの中から大矢英代さんの言葉を引用してこの文章を締めたい。

本作品を「歴史修正主義者たちの糾弾映画」と位置付けるのはおそらく間違いだろう。問われているのは、私たち自身だ。
私にも、あなたにも、信じている「ファクト」がある。だからこそ、今一度問わねばならない。私たちが信じて疑わないこの「ファクト」は本物だろうか。それはどこまで真実を反映しているのだろうか。それを問うことは、葛藤であり、自分の中の常識との全面対決である。
『主戦場』は、私たち一人一人の中に存在する。この船上から離脱するのも、残るのも、私たちの自由だ。だが、戦うのを止めた時、代償を払うのもまた、私たち自身なのだということも忘れずに。

読みたい本

帝国の慰安婦 植民地支配と記憶の闘い

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日本軍「慰安婦」制度とは何か (岩波ブックレット 784)

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これだけは知っておきたい日本と韓国・朝鮮の歴史

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朝鮮紀行〜英国婦人の見た李朝末期 (講談社学術文庫)

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*1:一点だけ不満なのは、後半で多数登場するネトウヨから転向した女性がどのような人物なのかがパンフレットから読み取れないこと。名前もわからないので調べられない…