Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

君たちはどう生きるか~竹田ダニエル『世界と私のA to Z』

『世界と私のA to Z』。
話題になっていた本で、タイトルがキャッチー。Amazon評価も高い。
読み始めてみると、確かに今の若者、特に言葉としてよく聞く「Z世代」について触れるのにはちょうど良さそうな本だ。


しかし読み進めると、「思っていたのと違う」感が積もっていった。その理由はいくつかある。

  1. 結局、アメリカ一国の話に終始しており、日本(や他国)のZ世代がアメリカとどのように違うのかが書かれない。
  2. 価値観の変化について「流行」「SNS」の観点からの切り口が多く、社会の変化に直接影響を与えるような「運動」や「政治」についてあまり触れられていない。
  3. 「Z世代」の話ではなく、「Z世代的価値観」の話である、という前提は良いが、「Z世代的価値観」を持たないZ世代が悪者的に書かれている
  4. 統計的な根拠を伴う分析が少なく、例えば年収、人口、支持政党やアンケートなど数字が出てこないままに時代の空気感を語っているため、鵜呑みにしてよいのか判断しづらい。
  5. かと言って、著者の竹田ダニエルさんの個人的な話がほとんど出てこない。これがあれば日本との関係も含めてもう少し読みやすくなったのに…

とはいえ、あまり「Z世代」のことに着目し過ぎなければ、誰にとっても「君たちはどう生きるか*1が問われている内容で、自分にとっても今読むべき1冊となった。

Z世代的価値観

「はじめに」では、この本の主題となる「Z世代的価値観」について以下のように説明される。

では、「Z世代的価値観」とは何か? それは、膨大な情報量と「繋がり」を駆使する能力を持ち、自分たちの世代で物事を変えていこうという当事者意識を持ったことによって生まれた新たな価値観である。今まで分断を引き起こしていた壁を崩壊させ、多様で新しい価値観に誰もがアクセスできる中で、目まぐるしく変化する社会に抵抗するのではなく、前向きに学び合い、受け入れることを可能にする。つまり、世代による情報量のギャップなどが少なくなり、年齢による「世代」で区切ること自体がナンセンスになってくる。(p7-8)

それが実際にどのようなものか、この本では12章に渡り、音楽や映画、ファッションなどの具体的な事例をもとに書かれている。

  1. 私にとってのセルアケア・セルフラブ―「弱さ」を受け入れる
  2. 私にとっての応援のものさし―「推し」は敬意で決める
  3. 私にとってのオリヴィア・ロドリゴ現象―もう搾取はされない
  4. 私にとってのSNSと人種問題―「文化の盗用」って?
  5. 私にとってのAsian Pride―アジア系としてのアイデンティティ
  6. 私にとっての仕事の意味―さよなら「アメリカンドリーム」
  7. 私にとってのスピリチュアリティ―新しい「信仰」のかたち
  8. 私にとってのライブ体験―「今」を楽しめることの奇跡
  9. 私にとっての美学とSNSの関係―「インスタ映え」より「自分ウケ」
  10. 私にとってのファッショントレンド―買い物は投票
  11. 私にとっての恋愛カルチャー―人生の本質を見つめて
  12. 私にとっての世代論―すべての世代が連帯し、未来を向くには

働き方

特に「働き方」について取り上げた6章が印象的だ。
国に関係なくZ世代の大きな特徴は、ティーンから20代にかけての一番成長が見込まれる時期にコロナパンデミックを体験した世代ということが出来ると思うが、だからこそ「働き方」に対する考え方が根本的に変化してくる、というのは理解できる。
また、この章ではコロナに加えて、環境問題についても繰り返し触れられている。気候変動や資源の枯渇から数十年後には地球上には住めなくなるかもしれない、そんな中で、毎日やりたくもない仕事をしたくない、というわけだ。


このあたりの問題は、1974年生まれの自分にとっても他人事ではないはずだが、やはりこれまで数十年の働き方が染みついてしまっていて、そこからすぐには抜け出せずにいる。さらに、何かというと、下の世代に対して「辛抱が足りない」と考え、「責任感」という言葉で「根性」を要求してしまう場面がある。これに対して、こう書かれると辛い。

実際にその「辛抱」や「メンタルの強さ」は必要なのだろうか? 健康や幸福を害してまで、資本主義に迎合するために仕事に全てを捧げる必要性は、いったいどこにあるのだろうか? こうした本質的な疑問を突き詰めていった結果、人生の大半を一つの職に捧げることの理不尽さに気づいてしまうのだ。上の世代が少なくとも昇給や年金、健康保険や安定した雇用が見込めたのに対して、Z世代にはそれらが何一つとして残っていない。さらに雇用主は従業員に時間や資源を投資しなくなっており、格差は進む一方だ。(p101)

「普通の日常」が失われ、誰がいつ疫病にかかってもおかしくない状況の中で、「好きでもない仕事」をする意味を疑い出したのは仕事に飽きた大人たちだけではない。名誉や見栄、周囲の期待よりも、「自分にとって大切なものは何か」を考え、 「キャリア形成」に対して意欲的でない若者も増えている。Z世代やミレニアル世代の間で “I don't dream of labor (私は仕事をすることが夢ではない)” “Work won't love you back (仕事はあなたを愛してくれない)”というフレーズが広まったことによって、いわゆる “dream job (理想の仕事)”という概念自体が空虚であるという認識も一般化した。「好きなことを仕事にしなくてもいい」と考える人は増えており、仕事を理想化したり美化することをやめ、「労働力を売る」ことに対して現実的に向き合っているのだ。(p104)

このあたりも、まさに仰る通りで、むしろ若者から上の世代が「君たちはどう生きるか」と問われているように思う。
なお、竹田ダニエルさんによる文章ではないが、下の世代から見た団塊ジュニア世代については、以下の記事(中川淳一郎)が興味深い。
「逃げ切り世代」とは上の世代(バブル世代より上)のことを指すのだと思っていたが、確かにギリギリ逃げ切り世代と思われても仕方ない部分はある。
www.moneypost.jp

文化

竹田ダニエルさんが音楽の仕事をしているということもあり、音楽や映画については解像度が高く、これまで目にしていたが改めて聴いてみたくなる音楽や映像作品が増える文章が多い。
特に『ミナリ』やBTSなどを挙げながらアジア系アジア人について取り上げられた2章、5章が印象に残った。人種問題や文化の盗用について触れられた4章でも同じようなまとめられ方をされているが、歴史について学んでいくことが文化の発展のために重要だと指摘されている。海外に出たときに、自分がどのような括りで見られるか、ということは意識することが少ないが、少なくともそういう意識を持って他文化の歴史に触れることが、色々な文化に触れるにあたって必要だと感じた。

日本で生まれ育った読者には、あまり実感できないことかもしれないが、日本人も一旦世界に出てしまえば、誰もがアジア人であり、社会的マイノリティなのだ。恐ろしいことのように感じられるかもしれないが、見方を変えれば、世界は敵ばかりではなく、仲間でいっぱいであると言うこともできる。だからこそ、少しでも興味を抱いたなら、ぜひ日系アメリカ人をはじめとしたアジア系アメリカ人の歴史について知ってほしい。海を隔てた遥か遠くの地に住み、今では別の言語を用いているかもしれないが、きっとどこかでルーツは共通しているはずだから。そして日本人の活躍は、世界をも巻き込む「アジア人の活躍」の一部でもあるのだから。(p87-88)

なお、関連して、今年上半期の映画で実績(アカデミー賞)的には最大の話題作であるエブエブ(『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』)については、以下のWEB記事での竹田ダニエルさんの読み解きが良く、この作品を評価し直した。

gendai.media

アメリカのZ世代は、絶望の社会を生きている。「生きる意味などない」と感じ、無気力になってしまう人も少なくない。しかし『エブエブ』はネガティブに沈みゆく感情を無理にポジティブに転換するのではなく、その絶望を受け入れた上で「だからこそ今ある自分を生きるしかない」と、「ありのままの今を生きる」選択肢を提示する。ニヒリズム鬱病を軽視することなく、誠実に捉える。
(略)
監督たちの社会に対する絶望や緊迫感が反映されていて、子供の世代、そして直近ではこの映画を観た人に少しでも良い社会、少しでも良い未来を経験してほしいという気持ちが込められているから、噓がない、誠実な作品に仕上がっているのだろう。たくさんのアジア人の俳優に機会を与えたこと、描かれるべきストーリーを描いたこと、それはごく当然のことではあるが、今の社会ではなかなか難しい。

「当たり前」を覆し、次世代にとってより生きやすい世界を映画作品を通して作り上げる過程は、一つの小さな行動であってもZ世代にとっては大きな希望だ。

元々、この映画に対する自分の感想は否定的なもの(↓参照)だったが、この文章を読み、映画が、主として僕ら大人たち(ジョイではなく、エヴリン)に向けられているものと捉えれば、「悩むZ世代を助けてあげられるのは、その親世代の愛情や親切だ」と素直に受け取れるのかもしれない。

pocari.hatenablog.com


Z世代

この本で使われるアメリカにおける世代呼称(と生まれ年)は以下の通り。

  • 1946~1964年生まれ:ブーマー世代(ベビーブーマー
  • 1965~1979(1980)年生まれ:X世代
  • 1981~1994(1996)年生まれ:ミレニアル世代(Y世代)
  • 1990年代中頃~2000年代生まれ:Z世代
  • 1993~1998年生まれ:ジレニアル世代(ミレニアルとZ世代の間:竹田ダニエルさんもここに含まれる)

したがって、今(2023年)の中高生~28歳くらいまでがZ世代となり、うちの子どももZ世代にあたる。
ミレニアル世代は、日本で言う「ゆとり世代」が近い。
1974年生まれの自分は、日本では「団塊ジュニア」(もしくは就職氷河期世代)に含まれるが、その上の世代は「バブル世代」と呼ばれて明確に分けられるため、「X世代」として一緒に括られることには違和感がある。*2

この本は、そういった「世代」の話ではなく「Z世代的価値観」の話を扱っているのだと繰り返し書かれている。にもかかわらず、特に「ミレニアル世代」との比較で「Z世代」について書かれている部分が多く、むしろそこは面白く読んだ。

  • p16:欠点を徹底的に排除しろと諭されたミレニアル世代から、欠点も個性の一部だと自信をもって主張するZ世代に至る…
  • p156:ブランド至上主義だったミレニアル世代のように、世間に決められた良いものをただ辿ることはZ世代的ではない
  • p176:「同調」や「トレンド」に大きく左右されていたミレニアル世代とは異なり、Z世代はファッションにおいて「個性」や「自分らしさ」を大切にする

自分が当事者世代ではないからなのだろうが、日本においては、ここで言われる若い世代の世代間の差を感じることは少ない。職場の仲間を思い出し、年齢と並べて考えたときに、そこまでの断絶を感じない(皆、一律にミレニアル世代と括った方が理解しやすい)、ということは、日本にはZ世代の波が訪れていないということなのだろうか。

2章でZ世代が社会問題に対してHyperaware(敏感)である理由について、以下のように書かれている。

なぜZ世代がここまで社会問題に対して Hyperaware (敏感)なのかということについては社会学の分野でこれから精力的に分析・議論されると思うが、教育の多様化によって、これまで常識だとされてきた歴史認識が改められていることは、大きな要因の一つとして挙げられるだろう。例えば性的加害や人種差別などを行っていた事実が発覚した偉人の名前が建物から消されたり、教育機関や公的機関が「クリストファー・コロンブスデー」ではなく「Indigenous Peoples' Day (先住民族の日)」に名称を改めて呼ぶようになったりと、歴史認識の変化が目に見える結果で表れている。 先住民族に対して欧米人が行った残虐な行為や、今日においてもアメリカがイスラエルパレスチナ問題を悪化させるような働きかけをしていることなど、「今まで隠されていた事実」に興味を持って知ろうとすることは、抑圧されている社会的弱者たちを救いたい、そして自分たちはこれ以上加害や差別に加担したくない、という意思の表明でもあるのだ。(p30)

そうすると、教科書問題などでの、いわゆる右傾化や、ついこの前の国会での「LGBT理解増進法」や「入管法改正」に関する日本社会の流れは、アメリカで「歴史認識が改められている」ことと逆行しているようにも感じ(勿論、アメリカにおいても逆行する動きがあることも知っているが)、そのことがZ世代の波を抑えているのかもしれない。
また、この本を通して読むと、上の世代が撒いた種が、ようやくZ世代で育ってきているという流れのようにも見える。しかし、日本では、その「地ならし」が不十分なのではないか、という気もする。(このあたり、社会問題に対するアクションが大きく、世代的な意識の差も日本以上に大きいと感じられる韓国の状況も知りたい。)


そうやって考えると、この本は、他の世代を非難したり、押し付けたりするのではなく、全世代的に「君たちはどう生きるか」が問われている内容なのだと感じた。僕らのような上の世代は、少なくともZ世代が感じている危機感やプレッシャーを理解した上で、理不尽な慣習や、誰かが強いられている生きづらさに目を向け、それを改める動きに力を貸していく必要がある。


…というような我が身を省みる感想を強いられる映画だと思っていたのですが…。>『君たちはどう生きるか


*1:数日前に封切りになり、公開初日に観に行った宮崎駿監督のアニメ映画のタイトル。自分にとっては難しかった…というのが見たあとの感想でしたが、いろいろと他の人の感想を読むと、かなりの部分寝てしまっていたのではないか疑惑が出ています…

*2:日本での「世代」の捉えられ方は、このページがわかりやすい:https://www.nippon.com/ja/japan-data/h00535/