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陰謀論から抜け出したい~杉江弘『JAL123便墜落事故 自衛隊&米軍陰謀説の真相』

青山透子『日航123便 墜落の新事実』(以下、青山本)の感想をまとめてから比較的早い時期に、「冷静になってみれば、やはり結論が”ミサイルによる撃墜”というのはさすがにないだろう」と思い始めた。

そもそも、自分は、子宮頸がんワクチン関連本*1を読んで、一度は「ワクチン・ビジネスけしからん。政府は信じられない。」と怒っていた人間。その後、総合的に判断して、自分の娘にもワクチンを打たせるまで変わったのだが、「政府が隠している!」系の陰謀論に嵌まりやすいタイプの人間だと自覚している。

そのような自分の考え方を糺す意味でも他の本も読んで勉強しようと思い、手に取ったのが、青山本よりも後に出ている2冊だった。
今回はそのうちの一冊について取り上げる。*2


読んでみるまで

著者の杉江弘氏は、元・日本航空の機長。いわば「中の人」の中でも最も信頼に足る人のはずだが、読む前の印象はマイナスに振れていた。
というのも、「巷に横行する陰謀説の欺瞞をあばく」という惹き文句を見て、非専門家(元客室乗務員とはいえ)の女性に対して、専門家の男性が「これだから素人は困る」と得意な部分を詳細にまくしたてるも、全ての疑問に答えようとしない「政治家答弁タイプ」の文体を想像してしまったからだ。
しかし読んでみると全く異なり、むしろ頑固なくらいの高い倫理観を持った技術畑の人間として、尊敬できる人物だと感じた。

第1章 青山透子『日航123便 墜落の新事実』の真相

第一章では、陰謀論の中心的な言説とされる池田正昭氏による複数の著作での主張(自衛隊&米軍によるミサイル誤射説)を退けたあと、青山本の問題点を次のように説明する。

  • 科学的検証に必要なのはブラックボックスに入ったフライトレコーダーとボイスレコーダー。ミサイルなどの衝突があれば、123便のフライトレコーダーに確実に記録が残るはずだが、そのような記録は存在しない。
  • また、目撃証言から123便と並んで飛んでいたとされるファントム機も、スクランブル発信命令時刻とフライトレコーダーの飛行記録を合わせて考えると、時間のずれがあり、近距離を同時に飛んだとは考えられない。
  • こうしたフライトレコーダーの記録からすれば、目撃証言には誤りがあると考えるのが妥当だが、青山本ではフライトレコーダーへの言及が全くない。
  • 世界中で起きた墜落事故の例では、目撃証言の時系列的な錯誤がきわめて多い。(例えば、墜落後に炎上したものを「燃えながら墜落」)

これらのことより、青山本は「物的証拠による検証を経ていない「証言」だけに偏った非科学的な説」であり「証言を切り貼りしてひとつのストーリーを作った妄想」と結論付けている。
なお、人命救助を後回しにして証拠隠滅を図った、という指摘についても、ブラックボックスやミサイルが衝突したとされる垂直尾翼を含む機体後部が残っていることから最も重要な証拠を残してしまっており、整合性が無いとしている。
いずれも青山本の弱点をしっかり衝いており腑に落ちる内容だと感じた。


ということで、タイトルにもあるメインディッシュ(自衛隊&米軍陰謀説の真相)は1章で片付けてしまうのだが、2章以降では政府擁護に走るわけでないのが興味深い。
青山本と同様に、政府や主に事故調の問題を指摘し、古巣の日本航空も含めてダメ出しをしまくる内容で、結論を除けば青山本と同じ方を向いている。

第2章 「ブラックボックス」は語る~「JAL123便墜落」徹底検証

この章では事故原因について語られる。
杉江氏は、事故の原因は「7年前に起きた伊丹空港での尻もち事故後の圧力隔壁修理のミス」(ボーイング社が発表し、後追いで事故調が見解を述べた内容)で基本的には正しいとする立場。

それでも多くの人が極端な陰謀論に走ってしまうのは、事故調に対する不信感がすべての根源である、と杉江氏は主張する。
それゆえ、事故調を断罪することに多くのページが割かれるのだが、そもそも事故調への不信感の理由は以下の4点にまとめられるという。

1.相模湾での海底捜索を十分に行わなかった。
2 事故現場の特定過程での自衛隊、警察の混乱ぶりの経緯について言及しなかったこと。
3 事故調が運輸省の内局という立場で、政府、省庁、航空会社等の利害関係から独立した公正な組織でなかったこと。
4 急減圧を証明する実験を行わなかったこと。


このうち2は、墜落現場の特定に右往左往した警察や自衛隊の経緯について、事故調報告書で一切の記述がないことを指したもの。
この原因について、杉江氏は、上記3と同根としている。つまり、日本の事故調は運輸省のなかの一組織でしかなく、外務省、防衛庁警察庁との関係や連携に介入できるほどの権限を与えられていなかったため、各省庁間で合意される事実以外に触れることができなかったのではないかと推測している。
そして、「独立性」の観点では、各省庁から完全に独立した組織である、米国のNTSB(国家運輸安全委員会)と事故調との差が論じられる。
具体的には、1996年のニューヨーク、ロングアイランド沖に沈んだTWA800便の事故調査の成功事例と比較しながら、事故調査において、警察優先(原因特定でなく犯人検挙を目指す)となってしまっている日本の方法では、有効な再発防止策まで辿り着かないことを嘆く。
そう、まさに、「再発防止」こそがポイントとなっている。
特に4章、5章が特徴的だが、この本は(主にパイロットの視点から)同じ事故が起きたときにどのように動けば多くの人命が救えたか(再発を防止もしくは被害を最小化できたか)に重点を置いて書かれている。
これは、原因推定までで留飲を下げる青山透子さんの本とは大きく異なるポイントになっている。事故調だけでなく、検証本や特別番組も、すべてが「再発防止」のために作られるべきだと繰り返し主張する杉江氏の様子から、彼の使命感が伝わってくる。


また、上に挙げたうちの4つ目に出しているのが「急減圧」についてだ。「急減圧」は、事故調報告書で原因を示す言葉として用いられるが、杉江氏の主張は、「圧力隔壁が破壊される程度の減圧はあったが、急激なものは無かった」というものである。この「急減圧」が問題となるのは何故かと言えば、報告書発表後に「急減圧で生じるはずの機内の急激な気温低下が見られない」などの疑問が集中した部分だからだ。
しかし否定的な指摘があったにもかかわらず、「急減圧」という言葉はそのまま残り、急減圧を証明する実験も行わなかったことも、事故調報告への不信感が増す原因となった。

第3章 生存者を見殺しにした日本政府とJALの責任

事故後の対応について、まず、米軍海兵隊のアントヌッチ元中尉による証言について取り上げられる。

アントヌッチ証言は、現在でも「謎」とされている解明すべき点を多々、指摘している。
まず、第1に、現場にたどりついて降下しようとしていた海兵隊とアントヌッチ元中尉の乗務するC130機に帰還命令が出されたのはなぜか。
第2に、C130機は19時15分には現場の位置を横田基地の管制に通報したというのであれば、即刻その情報は日本側に伝えられたはずである。にもかかわらず、日本の救援隊の到着は、夜が明けた翌13日になってからというのはなぜか。
第3に、21時20分頃に、現場へ到着したという日本側の救難機は、仮にこれが事実ならば、もちろん本部に墜落場所を通報しているはずだ。しかし、現場の特定は二転三転している。
p122

さらに、米軍関係者の話では、横田基地には救難部隊が編成され、いつでも出動できる態勢にあったが、日本側の要請が最後まで来なかった、という酷い話も聞こえてくる。
これについては、直接救援にあたる自衛隊や警察だけでなく、日本政府の問題でもあるとして、当時の運輸大臣山下徳夫と総理大臣・中曽根康弘が主体的な動きをしていないことを強く批判している。
併せて、元の職場であるJALについても、32年間対策会議さえ開かなかったこと、また、「死者に鞭打つ行為」になるから殉職したクルーへの批判になることはやめようと、事故時行動の検証と再発防止に向けた建設的議論が行われなかったことを非難している。
さらには、その矛先はマスメディアにも向けられる。繰り返される特別番組などのテーマは「事故原因は何か」という一点に集中しており、番組制作のエネルギーは再発防止には向けられないことを挙げ、マスメディアの報道も米国と比べてレベルが低いと指摘している。
繰り返すが、2章、3章での関係者への苦言は、青山本と同じ方を向いている。しかし、(青山本の「証拠隠滅」のように)救難作業が遅れた理由について深く突っ込まないのは、証拠のないことは憶測で言わないという姿勢を貫いているからだろう。

第4章 パイロットに残された教訓、第5章 「ハドソン川の奇跡」に学ぶ最善の生還術

第4章、第5章は、元パイロットとしてのやや専門的アプローチで、やはり米国の事例を引き合いに出している。
挙げられているのは以下の2事例だ。

なお、後者は『ハドソン川の奇跡(原題:Sully)』という映画で有名だが、前者も『レスキューズ緊急着陸UA232(原題:A Thousand Heroes)』という映画があるようで見てみたい。

UA232便の事故で驚いたのは、救難訓練の賜物で、パイロットの技術だけでなく、空港接近前に警察、医療チーム、レスキュー隊員などの連携による準備が十分にできていたこと。さらに、地元の人々も進んで献血に参加し、長い行列を作り、採血した血液は推定必要量を超えて約142リットルにも及んだというのは衝撃的だ。

ハドソン川の事例では、何といってもバードストライクの怖さ。カナダ雁の群れに遭遇してエンジン2つの能力を失ったというが、いつ起きてもおかしくないように聞こえてしまう。調べると、バードストライク自体は日常茶飯事のようだ。しかし、事故に繋がるものは、国内の航空会社ではほとんど事例がないと知り胸をなでおろした。


123便は異常事態発生後、右に大きく旋回し結果的に御巣鷹山に向かうが、左に旋回し(ハドソン川のように)東京湾を目指すべきだったというのが作者の杉江氏のスタンスで、このシミュレーションが5章に示されている。ハドソン川の事例で緊急着水を成功させることが出来たのは、機長があらかじめ不測の事態への思考訓練ができていたからだろうと考え、このシミュレーションもその実践と言える。過去の事例から教訓を得て次につなげる「米国流」の航空安全文化を日本は多く学ばなくてはならない。


なお、4章では、そもそもそれが無ければ事故は起きていなかった「尻もち事故」についても原因と対策について触れられている。
日本における尻もち事故は、着陸用に使うフラップの角度が世界標準とされることの多い30度ではなく、より難度の高い25度で設定されていることが原因だという。
上手く操縦できれば25度の方が騒音対策や燃料削減に役立つというが、うまく操縦できなければ逆に燃料の消費や騒音を大きくしてしまい逆効果で、尻もち事故のリスクも高めてしまう。
この話は、以降に出版された本↓でも主題になっているようだ。飛行機に乗る際は、(都内に住んでいるから必然的に)羽田空港を利用することが多い自分にとって大きな問題なので(そして、読みやすいブックレットなので)こちらも読んでおきたい。


まとめ

終章では、日米の「安全文化」の差について改めて指摘するとともに、これまでに出たJAL123便墜落事故に関する書物(事故原因を主要なテーマとしたもの)の傾向について記されている。 

圧力隔壁の破壊を認めない 「作家」や「識者」の方々は、事故調が相模湾での海底捜索を十分にやらなかったことや、事故現場の特定に時間がかかったこと、さらには米軍の救助が中止になったことに対する調査がなされなかったことなどへの不信をもって、「このような事故調の言うことは信用できない」と主張する。結果、事故調が使った減圧のプロセスでの計算式や数値そのものへの検証や批判を行うことなく、頭から圧力隔壁破壊説を否定するのだ。

まさに、今回自分が反省すべきもここにあっただろう。

青山本のみを読んで判断するのは難しいが、目撃情報のみを証拠として作ったストーリーをそのまま信じてしまうのは軽率だったといえる。
子宮頸がんワクチンも同様で、副反応が出た方の意見に重きを置き過ぎ、「専門家は真実を隠そうとしている」という思考に走ると、事実から遠ざかってしまう(陰謀論に嵌まってしまう)。このあたりのバランスをどう取るかは、色々な事例に触れながら考えていくしかないが、今回のように、読書感想というかたちで書き残すことで、バランスのとり方を少しずつ学んでいければと思う。

なお、青山透子さんの本を「完全にデタラメ」と思ってしまうのも姿勢としては誤りだと感じる。異なる情熱をもって書かれたそれぞれの本で(論理展開や表現の仕方で)見習うべきところは何処かを考えていきたい。

参考(過去日記)

pocari.hatenablog.com

*1:斎藤貴男『子宮頸がんワクチン事件』だと思うので2015年のこと

*2:もう一冊については、こちらにまとめています。→徹底した取材が陰謀論を退ける~堀越豊裕『日航機123便墜落最後の証言』 - Yondaful Days!