Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

登山の魅力とそのリスク〜羽根田治『山岳遭難の教訓 --実例に学ぶ生還の条件--』

装丁も魅力的で、推す人が多いヤマケイ新書の遭難本。
今回、直接的には、(時代劇研究家の)春日太一さんが連続ツイートで、羽根田治『山岳遭難の教訓』を激推ししていたことに背中を押されて、早速手に取ってみた。
この人の本を読むのが初めてだったせいもあり、早速驚いたのは、全11話あるうちの1話目(「高体温疾患の恐怖−沖縄・西表島」)が作者本人の体験談だったこと。遭難事故の事例紹介をする本だと思っていたのに、もしかしたら、本人の体験談のみで構成された本なのか…。雪崩にあったり、低体温症になったり、この羽根田治という人は、相当に経験豊富で、危険をくぐりぬけてきた人なのだなあ…と、目次を見ながら大きな勘違いに浸ってしまった。


が、勿論そんなことはなく、残りの10話は、遭難を経験した人の事例紹介となっている。
事例の中では死亡してしまう人もいれば、負傷しながら生きて戻る人もいる。失敗事例の中には、教訓として学ぶべきことが埋もれている、という意図で書かれた本だ。
特に印象に残っているエピソードを挙げてみる。

吹雪にかききえたルート(アルプス白馬乗鞍岳)

吹雪の中でリングワンデルングに陥ってしまったケース。
この話だけではないが、改めて思い知らされたのは、散々迷って体力を消耗した後で雪の中ビバークなどすると、低体温症で死んでしまうこと。
ビバークしたところで「一人冷たくなってしまった」と、動かなくなった人を置いて再出発する。短い言葉で表現されたシーンだが、ひとりの人が亡くなった上で、自分の命のために、遺体を置き去りにしなくてはならない、という判断に悲痛を感じる内容。

キーツアー中の雪崩事故(八甲田山・前嶽)

雪崩発生後に埋没者を探し出すシーンが出てくるが、そこで強調されるのは「三種の神器」。(ビーコン、シャベル、プローブ)
特に、ビーコンは、、自分の命だけでなく、「救助者を不要なリスクにさらさないため」に必要だという。しかし、「持たない主義」の人がいたりして…というような話があり、リスクに遭うことを想定すること自体が許されない、という日本のかつての原発政策を思い起こさせた。
そういった装備品の指導も含めて(バックカントリーなどの)ツアーガイドの役割の重要性が指摘されている。

冬山登山基地を襲った雪崩(北アルプス・槍平)

雪崩にのみ込まれた二つのテントで死者が大量に発生してしまう。
ここでも埋没者の救出作業が生々しい。何かあったときのために、心肺蘇生法など、まじめに練習しておくべきだなと感じる。

ゴールデンウィークの低体温症(北アルプス・白馬岳、爺ヶ岳穂高岳

山荘に電話をかけてきた女性登山者(62歳)の、危機感が全く感じられないやり取りが怖い。最後まで読むと、亡くなってしまったこの女性は、登山歴15年のベテランでキリマンジャロの登頂経験もあるということで、山を知っているからこそ、甘く見てしまうということがあるのかもしれない。

被雷のち骨折(大峰山系・行者還岳、弥山)

二番目にショッキングだったのがこの話。
被雷、骨折しても自力で下山してしまうバイタリティもすごいが、数年前にはひとりでスキーに行き、下りで転倒して岩にぶつかり左肩鎖骨を骨折して、右手だけで車を運転して帰ったことがある、という話もすごい。
トラブル慣れしているのだろうか。「被雷のち骨折」というおおごとに対して、通常業務のように対処している様子に驚いた。

幻覚に翻弄された山中彷徨(大峰山系・釈迦ヶ岳

一番怖かったのがこの話。
ほとんどが本人の手記によって構成されているが、「太字部分は幻覚と思われる記憶」として、加工されている。2泊3日の計画が7泊に長引く中で、「太字部分」が増えたり減ったりする様子が本当に怖い。

明暗を分けた分岐点(奥秩父・和名倉山)

これも遭難女性が助かる話ではあるが、この人も大怪我をしている。
滑落で「膝下から足首の上にかけてが2倍くらいに腫れ上がっており、出血も見られた」というからただ事ではない。さらに携帯も落としてしまって、精神的なダメージは計り知れない。それでも自力で下山してきてしまうのだから、登山に慣れた人たちの生存能力にはただただ驚くばかり。
ちなみに、春日太一さんオススメの最後の急展開もゾッとする。

単独で山中を彷徨した8日間(奥秩父・飛竜山)

どの話も、そういう要素はあるが、一番の「サバイバル」話だと思う。
ビバークを繰り返しながら山中を彷徨し、食料がなくなってからは、クマザサの芽の柔らかい部分を齧り、ヤマツツジの花の蜜を吸って飢えをしのいだという。
冷静さを失わないために役立ったものとして、ラジオの存在が挙げられている。


…と、結局、ほとんどの話を読み返してしまったが、助かった人は、リハビリが必要なくらいの状態に陥った人も、登山をやめた人はいないようで、登山の魅力というか魔力はおそろしい。
一方で、救助する側も命がけで遭難者を探す様子が描かれているのを読んで、他人に迷惑をかけないという意味でも、万全なリスク管理が必要だと感じた。つい昨日、訓練中のヘリコプターの墜落事故*1があったように、天候が悪いと、陸からも空からも捜索・救出が難航する。登山の魅力というものが、そういったリスクと表裏一体である、ということが良く伝わる本だった。
ちなみに、つい先日、出張で函館に行ったとき、ちょうどこの本を読んだ直後だったので、過剰に防寒着を用意して行ってしまった。結局現地は暖かく、そんな持ち物は不要だったのだが、万が一のことを考えれば、念には念を入れた準備は誤りではなかった。そう思ってしまうほど影響を受けた。