Yondaful Days!

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「共感しかない」漫画の読み解き~野原広子『妻が口をきいてくれません』

数年前から「○○しかない」という褒め言葉が跋扈している。
それほど違和感なく使える言葉だが、あまりにも多く耳にし過ぎるので、自分からは極力使わないようにしている。


この漫画はタイトルに惹かれて読んだが、読後感としては、(プラスもあるが)「期待していたのと違っていた」「しっくり来なかった」という気持ちも大きい。
一方で、この漫画は多くの読者の共感を呼び支持されている。そんなとき、この漫画を評価するフレーズとして「共感しかない」という言葉が思い浮かんだ。
オチもない。
教訓もない。
論理性もない。
共感しかない。
という悪い意味での言葉だ。


この漫画は大きく3章構成で、1章「夫 誠の章」、2章「妻 美咲の章」で、妻が口を聞いてくれない5年間の、夫婦両方の胸の内が語られる。
そして3章「夫妻の章」が仲直りの章になるが、自分のように否定的な感想を抱いた読者のほとんど(おそらく男性が多い)は3章の安直なオチにガッカリしているのではないだろうか。


マイナス評価をするのが男性であると仮定する。
冷めた夫婦仲の原因が男性側にあることは、多くの男性が気づいているから、妻視点の2章は身につまされることが多いだろう。1章で、夫の側が、長期間ムシをされて「可哀想」と思いながらも、妻の気持ちに寄り添う人もかなりいるはずだ。(勿論、こういった男性側の感想自体が上から目線でムカつくといわれてしまうと言い返す言葉もない)
しかし、妻が口を聞かない期間が「5年間」というのは長い。
そのタイトルから「妻を怒らせてしまったんだろうな。ちゃんと謝らないと」程度に考えて読み始めたが、読み進めて「え、5年!」と、予想外の時間スケールに驚いた。
第一、この夫婦には子どもがいて、彼らは5歳年を取る。
それも含めて考えると、離婚寸前から急展開で仲直りして終わる3章は、狐に化かされた感じだ。


逆に、この本を評価する人(おそらく女性が多い)のほとんどは、3章のことはあまり気にしていない。
おそらく5年間という長さに共感しているのだと思う。
この夫婦の仲を数値化し、結婚当初を90点、口を聞かない5年間を10点以下くらいと仮定すると、そこまで低い数値ではないが、20~30点で、もっと長い期間を過ごす夫婦は多いかもしれない。「口を聞いてくれない」まで行かなくても、良くない夫婦仲に自覚的で、お互いに相手に原因があると思っているという程度なら、いくらでもいそうだ。
そう考えると、別に5年は長くはない。結婚生活は元々長く続くものだから、10年~20年スパンの思いを、この漫画の中に見出し「共感する」には、漫画内のキャラクターにも5~10年の悩みが必要だったのだと思う。


このような実話をベースにした日常漫画は、病気やメンタルをテーマにしたものでは、後半に専門家が登場するようなパターンも読んだことがある。この漫画で言えば、3章を解説や対策などに持ってくる方法もあるだろう。
しかし、5年も10年もこじらせたものをどうするか、というときに、誰にでも効く対策はない。だから、この漫画は、その部分(教訓や合理性)は捨てて「共感」に特化したところが良かった。
つまり、最初は「共感しかない」というのは悪い意味で使ったが、「共感しかない」のが読みやすさの理由なんだなと納得した。


ただ、「共感しかない」作品は、あくまで消費して楽しむもの。
実際に夫婦仲に問題があって、状況を改善したい人にとっては、悩んでモヤモヤした気持ちの盛り上がりを消費してしまうのはマイナス。
とか考えてしまう人は、この漫画の読者には向いていないんだろうな、と思いながらも楽しく消費して読みました。(消費は悪いことではない)
ちなみに我が家は70点くらいは採れているのでは…。

次に読む

もともと『消えたママ友』が気になっていたので、そちらを読みたいです。