Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

リアル世界でも「第3者の目を気にしない子ども達」

僕は世代論は嫌いですが、ネット文化、ケータイ文化というくくりはやはりあるのかなと思う。(単に自分がネットには慣れ親しんでいるが、ケータイからは置いてかれているため。)

佐世保の事件をきっかけに始まった読冊日記*1ぱど厨レポート*2を読んで、自分自身も気持ち悪さを感じていたのですが、最近の(現実の)社会の変化を反映したものかもしれないと思うようになりました。

読冊日記の、一連のぱど厨レポートを読んで、なんとも言えない気持ち悪さを感じた。たぶんこれは単純な問題ではない。すごく複合的な要因があって、簡単に見える所では、ケータイメール文化とインターネットの中でのこれまでの慣習とのギャップという要素も大きいと思う。しかし、それだけにおさまらないものがあるように感じていた。

私もネット上と言わずリアル世界でも「第3者の目を気にしない子ども達」は不気味です。いかな小学生の世界とはいえ、狭すぎるのです。自分の意識にかからない相手は、存在からして「無いもの」として扱っている子が居るように思います。

ただ、そういう子供が増えたのと同様、「第3者の目を気にしない大人たち」も増えたのだと思う。実際、電車の中でよく見かける。
結局「世代論」というのは、社会の過渡期の中にあって、変化に対応しきれていない人が対応している人たちに違和感を感じて騒いでいるだけで「世代」とは無関係なのかもしれないと思った。そして、そういう変化に子供は敏感なのだろう。
と、ここまで書いて思ったが、そんな風に変化していく社会は健全じゃない。元に戻してほしい。

*1:変換してみて毒殺日記とかけていることに気づく

*2:小学生のネットでのコミュニケーションの状況を実際に掲示板に乗り込んで詳しくレポートしたもの。6/14くらいから始まっている。http://homepage3.nifty.com/kazano/diary.html