Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

大崎善生『パイロットフィッシュ』★★★★

パイロットフィッシュ (角川文庫)
大崎善生は初めて読んだが、以前から読むと決めていた作家。しかし、どれを読むかについては、2004年「本の雑誌」お薦め文庫本6位の『将棋の子』、id:atnbが薦めてくれた『聖(さとし)の青春』(8/21)、シガテラの感想*1に対してコメントを頂いたid:t_yoshidaさんが取り上げていた『パイロットフィッシュ』(8/30)の3冊の選択肢があった。まあ、どれを読んでも面白いんだろう、ということで、年末のブックオフで見つけたこの本に。
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この本の大きなテーマの一つは「記憶」にある。主人公の山崎は、人との出会い、別れを繰り返す中で、人間の記憶について思いをめぐらせる。
山崎は学生時代の彼女と19年ぶりに再会し、彼女と別れたあとの19年を次のように振り返る。

君がたとえ僕の前からいなくなったとしても二人で過ごしていた日々の記憶は残る。その記憶が僕の中にある限り、僕はその記憶の君から影響を与え続けられることになる。もちろん由希子だけじゃなくて、両親やナベさんや、これまでに出会ってきた多くの人たちから影響を受け続け、そしてそんな人たちと過ごした時間の記憶の集合体のようになって今の僕があるのかもしれない。(P229)

遠く離れた仲間も、今後二度と会わないかもしれない古い友人も、そして、大学ノートに書き連ねた自分自身の言葉も、記憶の湖の底に沈んでいて、時々、見えないところで助言してくれているのかもしれない。少々センチメンタルに過ぎるが、そういう意味で、無駄な出会いはない。
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一方で、記憶というものの怖さについて、山崎の高校の友人である森本は次のように言う。

感性の集合体だったはずの自分がいつからか記憶の集合体になってしまっている。そのことに何ともいえない居心地の悪さを感じ始める。今、自分にある感性も実は過去の感性の記憶の集合ではないかと思って、恐ろしくなることがある。(P75)

こちら方が示唆するところは大きいかもしれない。ドラクエ8を買う人の大半は「過去の感性の記憶」にすがって、ゲームを楽しんでいるのではないか?Zガンダムの映画のチケットの予約をした人はどうか?結構、過去の感性だけでもこれから生きていける気がする。しかし、それだけではじきに詰まってしまうだろう。
先日も引用したレイチェル・カーソンセンス・オブ・ワンダー』の中に次のような一節がある。

海洋学者)オットー・ペテルソンは、地球上の景色をもうそんなに長くは楽しめないと悟ったとき、息子にこう語りました。
「死に臨んだとき、私の最期の瞬間を支えてくれるものは、この先に何があるのかというかぎりない好奇心だろうね。」と。(P51)

「過去の感性の記憶」に埋没せず、何に対しても、常に好奇心を持ち続ける感性を育むことが、この世界を生きていくためには欠かせない。そう簡単にはいかないが。
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タイトルのパイロットフィッシュとは、水槽内に良い状態の生態系(適度にバクテリアの繁殖した水)をつくるために、あらかじめ入れておく魚であり、本命の魚を入れるときにはこの魚を殺してしまうこともある、という。物語の中でも比喩的に使われるが、山田怜司の『絶望に効くクスリ*2で、小説の世界で「四番打者」に見える重松清が"自分を殺して人を生かす"「二番打者」に自分はなりたいのだ、という話をしていたことを思い出した。
この世界に暮らすのは自分だけじゃない、多くの人との係わり合いの中で生きているし、自分自身の損得では人生は計れないにということをいつもより強く意識させた一冊だった。自分の好きなことを見つけて自由に生きることができればそれでいいと思いがちな新成人に読んで欲しい本。
今回はいつも以上に青臭くなってしまいました。

*1:僕個人としてもお気に入りの文章です。http://d.hatena.ne.jp/rararapocari/20040705#sigatera

*2:今週号のヤンサンに掲載分。ちなみに連載開始した原秀則電車男』は全然ダメ。