Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

重松清『ナイフ』★★★★

ナイフ (新潮文庫)
「初」重松清は、5つの作品からなる短編集。吉田秋生の表紙イラストが素晴らしい。*1
いずれも「家族」をテーマにしたもので、内容もやや似通っているが、少々古くさいながらも、それぞれの作品の問いかけは今でも有効だと思うし、薄っぺらくない。
どの作品も、小中学生の子どもと40前後の親が出てくる。僕は30歳なので、ときには15年前を遡って、中学時代の自分に戻り、ときには逆に15年後の自分を想像して、40過ぎの自分と中学生の我が子を想像し、親である自分と子である自分の双方がある程度のリアリティを持って感じられ、お互いの視点を往復しながら読むという非常に面白い読書体験をした。
しかし、それは僕の年齢がさせていることではなく、重松清がそう仕向けているようだ。例えば「ビタースイート・ホーム」の主人公は

自分と一回り近く歳の離れた彼女たちを見ていると十年前の妻ではなく十数年後の奈帆(娘)を想像してしまう。(P339)

と言うし、この短編では、そもそも結婚前に学校の先生だった主人公の妻が、専業主婦の立場から娘の担任の先生に対する不満を爆発させるというのが一つの話の筋になっている。また、5つの短編は、子どもからの視点で描かれた話が3つ、親からの視点で描かれたものが2つ。しかも同じイジメ*2の問題を親・子それぞれがどう解決しようとするか、という対照的な作品を書いていることから見ても、「わざと」なんだろう。きっと、物事を、自分の立場から見て突き詰めるのではなく、なるべく多くの視点から見ていこうとするのは重松清の性格なのだと思う。文章から、真面目で思いやりのある父親(重松清は二児の父親)の表情が見えてくるようだ。本人による文庫版のためのあとがきも必読。
さて、『消えた少年たち』も、家族愛という意味で感動的だったが、重松清の話は、いずれも人間味溢れる登場人物ばかりで、決してお涙頂戴ではないのだが、涙を誘う。この独特の良さは、繰り返すが、作者の真面目な性格があってこそだと思う。物語はたとえ望み通りに進まなくても、そこには、正しい「迷い」、正しい「後悔」がある。だから、読後感が爽やかなのだろう。
こういう本こそ、道徳の時間等を使って多くの子ども、多くの親に読まれるべき作品だと思う。自分も子どもの教育に詰まったら、読み返してみたい。
 
そういえば、知り合いの中学に「くにふ」と呼ばれた先生がいたことを思いだした。*3

*1:表紙カバーは結構重要だ。気づくと、頭の中で吉田秋生のキャラクターが動き回っている。吉田秋生なら、それが不自然でない。

*2:ところで、「ハブ」という言葉の語源が「村八分」の「はちぶ」から来ていることを初めて知った。しかし、今の小中学校で、この本で描かれるようなクラスぐるみでのイジメというのは存在するのだろうか?

*3:knifeを「くにふ」を読む英語教師だという。相当バカにされていたと思う。