日本各地を転々としながら古代史への理解が深まる。そういう意味で『竜の柩』と非常によく似た作品。漫画だけあって、タケミナカタなどは、ものすごい姿で登場し、度胆を抜かれる。
ただ、スサノオからヤマトタケルの時代まで、扱っている内容がページ数の割に結構多くて、ストーリーとしては追えても、古代史解釈としては十分ついていけなかった。そういう部分は、他の本も読んだあとでまた読み返すことによってわかってくるのだろう。
物語の内容は非常に面白い。特に、関東から九州まで各地を転々とした意味づけが明らかになるラストなどは爽快感がある。そして、『竜の柩』では、重要なモチーフとして「竜」があったが、暗黒神話では、「馬」が重要な意味を持つ。馬についてのオチの付け方も最高。
〜〜〜〜〜〜〜〜
ところで、2005年の現在において、『竜の柩』や『暗黒神話』のようなものはあまり受けないのではないか、というような印象を持った。
1970年代は、まだオカルト的なものが、かなりの熱を持って受け止められた時代なのではないか。そこには神秘性やロマンがあったのではないか、と何となく思う。ちょっと調べてみると
- ユリゲラーのブームが1972年、1973年あたり
- 「うしろの百太郎」と「恐怖新聞」の連載開始が1973年
- 五島勉『ノストラダムスの大予言』発売が1973年
この流れのなかに、1976年より連載の始まる『暗黒神話』があるのではないか、と思う。(諸星大二郎のデビューは1974年)
僕は1974年生まれで、70年代について直接はよく知らないが、中学高校時代を過ごした1980年代は、70年代の残滓というか、前の時代の持っていた「熱」への憧れが感じられたと思う。しかし、80年代は、いわゆる「楽しくなければテレビじゃない」の時代。ロマンを持って何かを信じたり、まじめに考えたりするよりも「笑い」が優先されるようになっていく。オカルト的なものも、川口宏探検隊(1977-1986)に代表されるよう、嘲笑の対象とされ、「ムー」を読む人たちはバカにされ(笑)、さらに90年代を経て、やはり「ロマン」は「トンデモ」の一言で片付けられるようになった。90年代を代表する漫画(笑)『MMR』を巡る雰囲気は、その流れを象徴していると思う。*1
つまり、『暗黒神話』を読むには、21世紀の日本の雰囲気は、何だか似つかわしくない。『竜の柩』を読むにしても、僕は気持ちを10年以上前に戻して楽しんでいる。そういうわけで、面白い面白くないは別として、こういう本を読むとき、居心地の悪さというか、何となく時代のずれを感じてしまう。
だから、今の高校生が、『暗黒神話』とか『竜の柩』を読んだら、どう思うか、ちょっと関心があるなあ。*2