Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

伊藤進『ほめるな』★★☆

ほめるな (講談社現代新書)
作者の主な主張をまとめると、以下のとおり。

  • ほめる教育は、教育の根本的理念である「自立の支援」を妨げ、自分自身で判断する主体性を形成できなくなり、常に指示を待つ受動的な傾向を持った人間を育てることになる。
  • モティベーション」には、自己目的的な活動へ向かおうとする「内発的動機付け」と、活動そのものではなく、活動の結果(物的報酬など)を目的とする「外発的動機付け」とがある。ほめる教育は、外発的動機付けによって、成長を促進するものであるが、いざ、外部の動機付けがなくなれば、一歩も先へ進めない人間を生み出す可能性がある。
  • 忍耐心や失敗耐性(失敗の経験が多ければへこたれない)など、優しさだけでは身につかないものがある。「真の愛情」は、優しさと厳しさを兼ね備え、相手をひとりの人間とするものでなければならない。
  • 子どもや若者を育てるには、相手を尊重し、コミュニケーションを双方向的に行う「インタラクティブ支援」という方法が適している。つまり、重要なのは「ほめる」ことよりも「聞く」ことである。

強く納得できる意見である。
ものを教えるときは、頭ごなしに叱る、逆に、何でも褒めてやる、など、とかく口調が「上から」になりがちである。自分では、そういうことはしないようにいつも意識しているつもりだが、やはりふとしたときに出てしまうものである。「自立の支援」という根本の部分を見失わず、常に「真の愛情」を持って、相手と接しなければならない。
少し内容がねじれるが、先日見終えた「白くまピース」について。母親代わりとなってピースを育ててきた飼育員の高市さんは、ピースを育てる目標を、ピースの「自立」に置いていた。自分がいなければ生きていけない、というのでは困るので、園内にいる他の白くま(実はピースのお母さん)と一緒に生活できるよう、檻を隣にしたり、顔合わせをさせたり、と訓練する。しかし、最後は、ピースは母熊バリーバとは一緒に住めない、と判断せざるを得ない結果となった。バリーバとの共生訓練を始めてから、痙攣の発作が頻発し、あるとき、水中で発作が生じて溺れかけたのである。自分の目指していた目標が適切なものではなかったことに気づく高市さんは、非常に複雑な表情をしていた。「動物園」で育てるということ自体が、いろいろな矛盾を孕んでいる。さらに、ピースは、母熊の手を借りない完全人工飼育、ということで、なかなか簡単に答えの出ない話だなあ、と6歳になっても可愛らしいピースの姿を見ながらも、ちょっと考えてしまった番組だった。
閑話休題
ただ、人間であれば、教育の目的が「自立の支援」である、ということは、ほぼ間違いなく断定できる話だと思う。したがって「ほめること」が教育本来の目的の妨げになる、というのは非常に納得できる意見だ。
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と、ここまで、本の内容を「ほめた」が、他の新書と比較した場合、点数を下げたくなる。その理由は、以下のとおり。

  1. もっと短く書けるはず。
  2. 用語が駄目。
  3. 不適切な例。
  4. 0歳児から大学生までの話が出てくるが、それらの育て方が一律に論じられるのはおかしい。
  5. 実験等による説得力に欠け、反論に対する十分な対応がされていない。

ひとつ目は書いたとおり。字も大きいし薄いので読みやすいが、それでももっと短くなるはず。
二つ目は読んだ人は皆感じると思う。作者は「内発的動機付け」のことを、わざわざ「アモーレ情熱」と言い換えて、文章中で多用するが不快。僕とはセンスが合わない。青春アミーゴ
三つ目だが、冒頭とラストに、小出監督高橋尚子の話が出てくるが、これは不要。ほめて育てる指導法、ということで小出監督を出しているが、駄目な例として、金メダルを取っている例(成功例)を挙げるのがそもそもおかしいし、スポーツの指導と、ここで論じる教育とは、そもそも同じものとは思えない。(作者自身も、そう書いている)
四つ目だが、たとえば、うちの子どもの面倒を見ていても思うけど、3歳くらいまでの年の子は「ほめてやる」ことも大事だと思う。たとえば、最終的には「自立の支援」が目的となるにしろ、それ以前に必要となる、基本的な躾の部分や、喋る能力の部分というのは、大学生を教育するのとは異なる考え方があるはず。
五つ目については、この本も『ケータイを持ったサル』の正高信男と同じ間違いを犯しているところがあると思う。つまり、現代の「駄目な」若者に対して感じる強い違和感の答えが、伊藤進の場合、ケータイではなく、「ほめる教育」だった、という風に読めるのだ。その思いが強すぎて、他の人も同様に思っているに違いない、ということで、突っ込みどころが多いままで議論を進めてしまっている。本文中には、子どもに「ほうび」を与えてやることによって内発的動機付けが失われることを示す実験例が挙げられていた(P65)が、せっかく心理学の教授の書く文章なのだから、こういう例がもう少しあるとよかった。
と、いろいろ書いたが、言いたいことがひとつにまとまっていて、簡単に読めて、非常に納得できる、という意味では、とてもよい読書体験だったと思う。