Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

夢枕獏・たむらしげる『羊の宇宙』

羊の宇宙

羊の宇宙

よかった。
文章だけを読んでも、登場人物のイメージは、先日見た「銀河の魚」と類似していることから、夢枕獏の方が、たむらしげるの世界観をなぞるようにしてつくられた作品ではないだろうか。
禅問答のような対話が続くスタイルは、『上弦の月〜』など、夢枕獏の諸作品に似るが、彼特有の癖のある表現が少なく、「獏」色をかなり抑えたかたちになっている。
少し内容について。
老物理学者(最後に正体が明かされるかたちを取るが、実在の著名物理学者を想定)と天山(テンシャン)山脈の羊飼いの少年が「時間」や「物質」について問答を続ける。少年の答えは、老物理学者を驚かせるようなシンプルな答えばかり。
僕が好きなのはこの部分。

少年:「車は、僕は嫌いだな」
(略)
学者:「どうして、速いっていうことは、意味がないの?(略)刈り取った羊の毛を、街まで運ぶのに、倍以上も早く行けるだろう?そうしたら、その余った時間を他のことに使えるじゃないか」
少年:「わかっていないんだな、お爺さん。(略)たとえば、これまで、街まで、馬で行って、帰ってくるのに、一日かかってるんだ。それを、車で半分のスピードでやれるようになったら、どうだと思う?」
学者:「一日に一度、街まで出るとして、半日時間が余るんじゃないのかい」
少年:「違うよ。その人は、一日に、二度、羊の毛を車に積んで、街まで出かけてしまうことになるのさ。余った時間に働いてしまうんだよ。速くなるということは、時間が余ることじゃなくて、もっと忙しくなるということなんだ。

まさにその通り。彼に指摘されるまでもなく、21世紀の先進国の都市生活者は「そのこと」に気づいてしまった。だから、皆、「科学の進歩」には、興味が薄れてしまった。リニアモーターカーなんかどれだけ多くの人が望んでいるのか。
懐かしい未来」なんていう、そろそろ賞味期限の切れつつある言葉があるが、これも「科学の進歩」を純粋に信じていた頃への、その純粋さを失ってしまった(夜空に光る「黄金の月」を失ってしまった)21世紀人のノスタルジーが、よく現れている。

ちなみに、同時期に諸星大二郎『生物都市』を読んだが、この中でも、車ではなく、馬に乗って移動するシーンが出てくる。車を避けるのは特別な理由があってのことなのだが、これはまた別の話。こちらも現代社会批判の面白い作品だった。

作品に戻るが、たむらしげる夢枕獏の特徴がうまく織り込まれており、とてもいいコラボレーションだったと思う。
たむらしげるは、もっと他のも見てみたい。