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朗読の力を思い知ったCD。
幸か不幸か『銀河鉄道の夜』を、これまで読んだことがなかった。
東北に暮らしているということもあり、宮沢賢治には関心があるので、代表作といえるこの本は、もしかしたら、CDを聴く前に活字で読む可能性もあったかもしれない。
しかし、自分がせっかちなことを考えると、本という媒体では、この物語を深く味わうことはできなかったに違いない。
色鮮やかで音も豊かな情景描写を心に留めることなく、ストーリーだけ追っていたように思う。
朗読CDだからこそ、一つ一つの表現を噛みしめながら味わうことができた。
たとえば、ジョバンニが銀河鉄道に乗る直前のこのシーンなども、にぎやかでカラフルなシーンなのだが、文字で追ったら読み飛ばしていたかもしれない。
空気は澄(す)みきって、まるで水のように通りや店の中を流れましたし、街燈はみなまっ青なもみや楢(なら)の枝で包まれ、電気会社の前の六本のプラタヌスの木などは、中に沢山(たくさん)の豆電燈がついて、ほんとうにそこらは人魚の都のように見えるのでした。子どもらは、みんな新らしい折のついた着物を着て、星めぐりの口笛(くちぶえ)を吹(ふ)いたり、「ケンタウルス、露(つゆ)をふらせ。」と叫んで走ったり、青いマグネシヤの花火を燃したりして、たのしそうに遊んでいるのでした。けれどもジョバンニは、いつかまた深く首を垂れて、そこらのにぎやかさとはまるでちがったことを考えながら、牛乳屋の方へ急ぐのでした。
ほかには、汽車に乗ってからの車窓からの風景描写は、すべて素晴らしいが、たとえばこんなシーン。
俄(にわ)かに、車のなかが、ぱっと白く明るくなりました。見ると、もうじつに、金剛石(こんごうせき)や草の露(つゆ)やあらゆる立派さをあつめたような、きらびやかな銀河の河床(かわどこ)の上を水は声もなくかたちもなく流れ、その流れのまん中に、ぼうっと青白く後光の射(さ)した一つの島が見えるのでした。その島の平らないただきに、立派な眼もさめるような、白い十字架(じゅうじか)がたって、それはもう凍(こお)った北極の雲で鋳(い)たといったらいいか、すきっとした金いろの円光をいただいて、しずかに永久に立っているのでした。
また、読み手・岸田今日子の表現力の素晴らしさには舌を巻く。
特に会話シーンは圧巻。当然、落語などでも、一人の演者によって大人数が登場するシーンが表現される場合もあるが、人物の区別は、「声色」というよりは「口調」の違いを上手に利用して「演じ分け」られている。
しかし、岸田今日子の朗読では、少年、少女、青年、神(的な存在)の声色がそれぞれ違うだけでなく、これ以外に最も長く読む「地の文」があるわけだから、驚くばかり。
そして、その声には、無邪気、意固地、誠実、そういうものがたくさん詰まっており、文面以上に伝わってくる質感がある。特に、主人公のジョバンニやカムパネルラなどの「少年」の表現の仕方に長けているのは、やはり、ムーミンの声優としての経験ゆえなのかもしれない。
BGMも最小限ながら効果的な使われ方をしている。銀河鉄道の走る音が場面場面で挟まれ、物語のテンポをよくしている。また、新世界交響曲や、賛美歌306番など実際に存在する曲については、本で読んだのでは、思い浮かばなかったであろう。
さらに、思い返すと、天の川を巨大魚が跳ね回るアニメ作品、たむらしげる「銀河の魚」を見ていたのは、非常によかった。当然、多少は意識はしているのだろうが、世界観はかなり近いものがある。上手く言えないが、宇宙空間を流れる冷たい空気が共通する。銀河鉄道に乗ってからのシーンは、岸田今日子の朗読を聴きながら、「銀河の魚」のイメージを修正していく、そういう作業が、自分の頭の中で行われていたように思う。
〜〜
ストーリーの根本的な部分については触れないが、予想通りでもあり、意外でもあったラストに向けての展開は、(多少くどいが)非常によく練られており感動した。もちろん、「ほんとうの神様」をめぐる議論は、自分にはよくわからない部分もあったので、今後、解説本などで追っていきたい。
ストーリー展開の肝は、主人公ジョバンニの心の揺れ動きにあると思う。ジョバンニの心は、それこそ車窓から見える風景のように動く。次々と起こる奇妙な出来事を面白がっているかと思えば、突如、スイッチの入ったように「何とも言えず寂しい気持ち」に変わってしまう。そこが読者を飽きさせないひとつの要素だと思う。
後半で、カムパネルラが女の子と喋っていることに対して怒っている様子などは、特に面白い。
(こんなしずかないいとこで僕はどうしてもっと愉快(ゆかい)になれないだろう。どうしてこんなにひとりさびしいのだろう。けれどもカムパネルラなんかあんまりひどい、僕といっしょに汽車に乗っていながらまるであんな女の子とばかり談(はな)しているんだもの。僕はほんとうにつらい。)ジョバンニはまた両手で顔を半分かくすようにして向うの窓のそとを見つめていました。すきとおった硝子(ガラス)のような笛が鳴って汽車はしずかに動き出し、カムパネルラもさびしそうに星めぐりの口笛を吹きました。
ただの「嫉妬」なのだが、ジョバンニ自身は、「カムパネルラは本当にひどい」と思っているから可愛く思えてしまう。多分これが「萌え」だな。
〜〜〜
それにしても、銀河鉄道の夜は、さすがに名作だけあり、面白そうな関連作品がたくさんあって、これからも楽しみだ。まずは、アニメ映画から入ろうと思っている。
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