Yondaful Days!

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それでも、僕は応援したい〜齋藤智裕『KAGEROU』

KAGEROU

KAGEROU

自分にとっての水嶋ヒロは、仮面ライダーカブト。カブトの主人公、天道総司と同様、水嶋ヒロもまさに万能人間であることをニュースで知り、発表当時から欲しくて欲しくてたまらなかった本だ。しかし、これに1400円出すのであれば、「どうぶつしょうぎ」を買った方がいいのでは?とか、もう少し足して『悪の教典(上)』を買った方がいいのでは?と邪念がよぎってしまい、これまで二の足を踏んでいた。
ところが、先週末に古本屋に出ていたのを発見し、賞味期限的にギリギリかもしれないと思い、すぐに購入。その日のうちに読み終えた。

購入前夜

この本の悪評は、特にネット上では非常に多く出回った。
発売直後のAmazonでは、☆1つと☆5つに大きく二つに分かれていたのだが、☆5つのものは「暖炉にくべる燃料として非常に役立った」的なコメントがズラリと並ぶ壮観な状態となっていた。作品内容が気になっていた自分も、当初の目的を忘れ、中身と全く無関係の「ホメ芸合戦」と化したレビューを、才能が無駄に使われていると思いながら楽しんでいた。(今は削除されている。Amazonレビューの意味を考えると、削除も妥当だと思う)


同時に、2chまとめページか何かに、『KAGEROU』の文体について、好意的に?ケナしながら、上手く説明しているコピペを見つけた。

小説
「後ろで大きな爆発音がした。俺は驚きながら振り返った。」

ケータイ小説
「ドカーン!びっくりして俺は振り返った。」

ラノベ
「背後から強烈な爆発音がしたので、俺はまためんどうなことになったなぁ、とか
そういや昼飯も食っていないなぁとか色々な思いを巡らせつつも振り返ることにしたのである」

山田悠介
「後ろで大きな爆発音の音がした。俺はびっくりして驚いた。振り返った。」

水嶋ヒロ
「後ろで大きな爆発音がした。土管が爆発したな。ドカーン、なんちゃって」

こうなってくると、物語の面白さ以上に、水嶋ヒロの文章ってどんなものなのだろうと、興味は増すばかりだった。


〜〜〜
以下、読後感。
読み始める前に、ラジオ番組のpodcastで、「文学賞メッタ斬り!」で有名な、大森望豊崎由美それぞれによる批評を聞いていた。何とか好意的なコメントをしようとしていた大森望に対し、豊崎由美はバッサリ。心情的に、自分は、大森望よりのスタンスを取りたいが、ここでは厳しく「何がダメなのか」について4点を挙げていた豊崎由美の分析に沿って、文を綴ってみる。

比喩が稚拙

特に最初の数頁で、あまり上手くない比喩が乱発し過ぎる。
豊崎由美は、以下のように説明していたが全くその通りだと思う。

上手い比喩が持つ「異化効果」は、従来と異なる見方の提示によって、物事の新鮮さを取り戻すことを可能にする。それだけに、「異化効果」が全く生じない手垢にまみれた比喩が並ぶことは、逆効果となり、読み手に悪い印象を与える。

さらに、自分としては、同一人物に対して、全く異なる喩えが連発することが、文章が読みにくくなっている原因だと思った。

  • そんなヤスオのぶざまな姿は、まるで短い生命の終わりを迎えたセミのように弱々しくノロノロとしていた。p6
  • ヤスオは人間に見つかりそうになったゴキブリのように気配を殺し、明かりがついたその部屋に目を凝らした。p7
  • 最後の障害物を突破しようとする脱獄囚のように、ヤスオは金網にかかっていた右足を勢いよく蹴ると同時に・・・p10

主人公のヤスオだけでもいろいろなものに喩えられた上、この隙間に、向かいのビルに見える「水族館の暗がりでジッと身をひそめている地味で孤独な熱帯魚のような」事務員の女の描写が挟まり、「『ビリー・ジーン』のマイケルジャクソンを彷彿とさせる黒いハット」をかぶった謎の男(キョウヤ)が登場する。
本屋で手に取って数ページを読み進めただけで、文章力に疑問を抱かせるような冒頭を、ポプラ社が何故許したのか分からない。

人物造形が薄っぺらい

豊崎由美の、この指摘にも納得。
主人公ヤスオは、リストラされ、借金に困ったサラリーマンという設定で、これも非常に記号的なのだが、自殺に至る経緯についてもリアリティが感じられない。さらには、これは大森望も指摘していたことだが、最後まで読んでも、主人公が40歳であると感じられる部分は殆ど無かった。40歳という設定は、後半部に登場する美少女アカネとの関係性を明確にするためなのかもしれないが、人物描写からすると、20代前半くらいにしか思えない。
さらには、ヤスオが飛び降りを引き止められてからの、キョウヤとのやり取りが全く緊張感に欠ける。大森望が言う通り「自殺志願者とそれを止めようとする人のコント」にしか見えない。(ただ、ダジャレも含めて、やり取りの内容は面白い)逆に言えば、自殺を試みたヤスオの悲壮感は皆無。ここが作品全体の雰囲気を決めている。
なお、自殺志願者を探して、臓器の有効利用を図ろうする影の組織、全日本ドナー・レシピエント協会の略称が「全ド協」で、あまりにネーミングセンスに欠け、半笑いにさせてしまうあたりも緊張感欠如の理由だ。

文章が雑

豊崎由美の指摘によれば「一見何か言っているようで、実は何も言えていない思わせぶりな文章が目立つ」とのこと。文章全体が軽いのに、ときどき格好つけた表現が出てくるところに違和感を覚えた部分は確かにあるが、これについては、自分は、それほど気にならなかった。

タイトルが意味不明

豊崎社長は、帯の文句も含めて非難轟々だったが、これは非常に大きい失点だと思う。実際、本文中には、少なくともアルファベット表記のKAGEROUは出てこないし、少なくとも作品の重要なキーワードとして使われることは無かったように思う。純粋に物語全体との関係が良く分からない。
なお、帯の文句は以下の通り。

『KAGEROU』――儚く不確かなもの。
廃墟と化したデパートの屋上遊園地のフェンス。
「かげろう」のような己の人生を閉じようとする、絶望を抱えた男。
そこに突如現れた不気味に冷笑する黒服の男。
命の十字路で二人は、ある契約を交わす。
肉体と魂を分かつものとは何か?人を人たらしめているものは何か?
深い苦悩を抱え、主人公は終末の場所へと向かう。
そこで、彼は一つの儚き「命」と出逢い、かつて抱いたことのない愛することの切なさを知る。
水嶋ヒロの処女作、哀切かつ峻烈な「命」の物語。

明らかに言い過ぎ。ここまで勿体ぶるほど凄いことが描いてあるわけではない。
楽しく読めて、後に何も残らない後味の良い小説。齋藤智裕風に言えば、「まるで、口当たりのよい微炭酸で、ノンカロリ、ノンカフェインのコーラのような」小説。
逆に、大森望は、命の大切さについて水嶋ヒロが高説を垂れるような内容ではなく、重いテーマを非常にライトに扱っているところに、この小説の良さがある、と主張していたが、言い方を変えればそうなる。
豊崎由美推薦の、作品の本質を反映したタイトルは「ドナーでどないや」とのことだが、ダジャレが物語の重要なカギとなっていることも含めて、とてもいいタイトルだと思う。笑

その他、個人的な「ダメ」箇所

こういう言い方は、あまり好きではないが、水嶋ヒロは、それほど読書家では無いのかもしれない。*1
自殺志願者と、人生の振り返りが関係する話は、つい最近読んだものでも、『カラフル』と『ボトルネック』がある。さらに町山智浩の指摘によれば、自殺しようとした男を天使が止めて・・・という話の元祖として映画『素晴らしき哉、人生!』があるとのことだが、漫画は特に、作品発売前に話題になった「笑ゥせぇるすまん」や、「Y氏の隣人」「ハッピーピープル」あたりでも、似たテーマの話が多くあることは間違いない。*2
また、臓器移植が関連する小説も少なくないと思う。*3
そういった過去の名作と比較したとき、同種テーマの『KAGEROU』の薄っぺらさは際立つ。大森望の言うように、漫才的な小説として読むことで、そこは回避できるのかもしれないが、自分にはそれが出来なかった。
とはいえ、今後、過去の名作をレビューしてから作品を作れば、もっと良いものができるポテンシャルを秘めていると見ることができるのかもしれない。


全体としては、嫌いな作品ではない。少なくとも怒りを覚えるような話ではない。
例えば、世にも奇妙な物語で扱われるような短編として捉えれば、結構イケる話だと思う。
小説家としての水嶋ヒロのこれからの成長のスタート地点に立ち会うことが出来ただけで価値がある。と、数年先に振り返ることができればいいなあ〜。

*1:作中に登場する『ブラックジャック』と『天才バカボン』についての「俺、これ知ってるよ」的引用から考えても、漫画ですら、かなりの有名作品しか知らないのかもしれないと思う。

*2:完全に設定が逆の物語としては『イキガミ』もあるが、これもテーマ的には同種だろう。

*3:イーガンもあったし、今年、映画化される「あれ」とか←ネタばれのため自粛