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生産者視点から見た原発被害〜永峰英太郎・河岸宏和『日本の農業は“風評被害”に負けない』

日本の農業は“風評被害”に負けない (アスキー新書)

日本の農業は“風評被害”に負けない (アスキー新書)

風評被害”という言葉は「加害者」を想定している。
原発事故が起きてから改めて、そのことに気づかされました。
だからこそ、事故後に、政府から「風評被害」という言葉が出てくるたびに、誰もが疑問を感じたわけです。自分たちは加害者なのだろうか?「加害者」にならないためには、通常は口に入れない、人体への影響が不明なものを、積極的に食べなくてはならないのか?と、どうしても考えてしまうからです。
結果として、「風評被害」という言葉は、実際の被害とは別に、大抵の消費者にとっては、嫌な気分を抱かせる、そんな特別な言葉になってしまったように思います。
逆に言えば、「風評被害」は、原発事故によって非常に関心の高まった重要なキーワードであるとも言えます。
日経新聞の以下の記事もそんな背景をなぞっています。

「最近、よく『風評被害』っていう言葉を聞きますが、『被害』というなら加害者は誰なんでしょうか」。近所の大学生の疑問に、探偵の松田章司が首をかしげた。「確かによくわかりませんね」。小学生の伊野辺詩音と一緒に調査を始めた。

この記事では、経済学でいう『レモン市場』を引きあいに出しながら「『風評被害』の犯人は『情報不足』」という一応の結論を得て、徹底した情報公開が、風評被害をなくすと結んでいます。
被害は生じているものの、生産者・消費者の行動に問題はないと考える多くの人の感覚に一致した結論だと思います。
ただし、どこまで気を付ければいいのか、という消費者側の強い問題意識には、全く触れられておらず、ややぼんやりした印象を持ちました。


7/2のNHK週刊 ニュース深読み」でも「内部被ばく」を特集テーマに取り上げた番組が放映されていましたが、特に食べ物については、専門家3人が、危険はある(1人)、絶対に安全(2人)に分かれ、明確な結論を避けていました。*1

  • 「危険がある」が結論だと、「風評被害」を生み、生産者側から非難される
  • 「絶対に安全」が結論だと、「安全デマ」だと、消費者側から非難される

という状況の中での絶妙なバランスの取り方だと思いました。(NHKのメッセージとしては、「基本的に安全」と言ったところでしょう)*2


〜〜〜
さて、本の内容から外れてしまいましたが、この本で言う「風評被害」は、基本的に以下のような意味で用いられています。

検出された放射性物質が、国の(暫定)基準値を下回っているにもかかわらず、
政府やマスコミのアナウンスが不十分なために、消費者の理解を得られず
結果として、売り上げが減ることによって、生産者(や売る側)が被る被害

つまり、消費者側が「風評被害」という言葉に対して抱く嫌悪感については、ほとんど考慮せずに用いられています。(終章では、消費者に対してもしっかり考慮した内容になっていますが、メインの1〜3章は、生産者サイドの問題意識が中心です。)
これは、本を読みながら、何度も頭をひねってしまった部分ではありますが、結果的に、この部分こそが、つまり、消費者側の意見を考慮せずに、生産者側の困難に焦点を当てたことに、この本の意味があると思いました。


つまり、上に取り上げた日経新聞の記事のような角度からでは、結論部分は既に決まっており、結局、玉虫色な結論とならざるを得ません。むしろ、極端に言えば、消費者側に免罪符を与えるような内容となっており、生産者−消費者の間に生じている分裂状態は、一向に埋まりません。
しかし、生産者側(や売る側)の苦労が全面に押し出されていることによって、それを知った消費者も、より賢くなることができ、分裂状態を少しでも和らげる方向に持っていける、この本には、そういった効用があるように思いました。
なお、web上にも、生産者サイド視点から、原発災害について記したページもあります。非常に勉強になりました*3


なお、終章では、風評被害を防ぐための一手法として、詳細な産地表示の義務付け(現在、県名までしか義務付けられていない)などの提案があり、放射能被害とは関係ない所でも今後、必要となってくる重要な指摘だと思いました。
一方で、放射能に関する風評被害の一番の根源である「適切な安全基準」の問題については、消費者サイドの視点から、基準の妥当性について、主体的に動く組織が必要とされていますが、これにも納得でした。当然、消費者庁が担う役割だと思いますが、実際には影が薄いのも事実。アリバイ的な意味での会議を繰り返し行うのではなく、利害が対立する関係者間での真剣な議論こそが、政府の信頼性を高めると思いました。
この本では、一番最後に、マスコミ、政府の発表を鵜呑みにせずに、自らの判断で情報収集をする大切さを説いていますが、自分は、専門的な知識でのみ判断可能な「安全基準の妥当性」までを、一般人に判断させるのは、誤っているし、無駄な労力が多過ぎると考えています。
つまり、政府の信頼回復が何より重要だと思うのです。ここまで書いて思いましたが、今の自分の関心に一番合っている本は、この本のような気がしてきました。疑心暗鬼になって食品を選ぶ世の中は、あまり健全ではありません。311以前のように、ある程度までは、専門家を信頼して暮らしていきたいです。

安全。でも、安心できない…―信頼をめぐる心理学 (ちくま新書)

安全。でも、安心できない…―信頼をめぐる心理学 (ちくま新書)

*1:「安全」としたのは、唐木英明(東京大学名誉教授・日本学術会議副会長)、朝長万左男(長崎原爆病院院長・血液内科医)、危険としたのは、矢ヶ崎克馬(琉球大学名誉教授)。放映内容のまとめはコチラ>http://www.nhk.or.jp/fukayomi/backnumber/110702.html

*2:なお、東京の西側に住む自分は神経質になり過ぎないようにしながら、少しは気にするようにしているという程度です。

*3:luckdragonさんのブログで知りました。>http://d.hatena.ne.jp/luckdragon2009/20110620/1308527840