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「登山」ならぬ「他山」の石として学びたい〜丸山晴弘『遭難のしかた教えます』

遭難のしかた教えます (ヤマケイ山学選書)

遭難のしかた教えます (ヤマケイ山学選書)

「6人全員がほぼ同じ場所で見つかった。1人だけ少し離れていたが5人は1カ所に集まっていた。全員が軽装で夏の雨具姿。フリースも着ていなかった。60、70歳代には体力的に厳しかったと思う」 北アルプスの遭難事故で5日早朝から始まった捜索に参加した山岳遭難防止対策協会のメンバーは、北九州市の6人が見つかった状況についてこう語った。

北アルプスで、悪天候の5月4日から5日にかけて遭難が相次ぎ8人が死亡した。
特に北九州市の6人グループについては、上に引用したように、装備の問題を指摘する論調が強く、直接的に非難するようなかなり手厳しい意見も見られる。*1

中高年を中心にした山ブームに加え、最近では「山ガール」など若者の登山人気は高まっているが、「低い山で経験を積むことをせずにいきなりすごい山に行ってしまう。山がブランドになってしまっている」と懸念。「山は厳しいもの。経験がないのに登ってしまう人がいれば事故が起こるのは当然だ」と警鐘を鳴らした。


自分は登山をしないので、今回の「軽装」がどれほど非常識なことかは想像ができないが、ちょうど読んでいた本書では、山のプロからのさらに手厳しい苦言が次々と紹介される。一方で、「遭難」と書くとおおごとのように思うが、気を抜いたら簡単に起きてしまうのかも、と思わせる内容だった。

簡単にできる遭難

そもそも、どのようにして遭難するのか。
「2章 人はなぜ遭難するか」では、全国と長野県の統計から遭難原因について分析している。
長野県H22データでは、縦走中のつまずきやつまらない転落や滑落が遭難の原因の61%を超えている。そしてそれらは元を辿れば、勉強不足や準備(装備)不足に元凶があるという。この本自体は、そういった準備不足の登山者を減らすべく書かれたものということになる。
また、遭難というと、「道迷い」のイメージが強いが、そうではなく、単なる「つまずき」が遭難に繋がるということに気づかされた。単独行で足を踏み外して滑落し骨折でもしてしまえば、あっという間に遭難できる。自分も登山に誘われたら、ルート確認は入念に行ったとしても、「つまずき」や「滑落」を引き起こすような失敗は、やらかしてしまいそうだ。

助けてもらうには

仲間を見失った場合は、山小屋や警察に助けを求めることになる。
救助する側の視点に重きを置いてかかれた「3章 助けたい遭難、助けたくない遭難」は、タイトル通り、かなり直接的で辛口だ。

助けたい遭難は…

  • 計画書、登山届が提出済み
  • 丁寧な挨拶と真剣な救助要請、遭難事故の的確な説明
  • 訓練された身のこなし、救助隊との連携がとれる


助けたくない遭難は…

  • 計画書、登山届が出されていない(不倫遭難の場合多い)
  • 制止を無視しての強行登山
  • エラーイ人の遭難(依頼者が威張っている)


後者のような、勉強不足・準備不足の招いた遭難については、「口悪く言えばバカほど遭難する。遭難する者はバカである。p74」とまで言い切る。救助方法の検討やニ重遭難の危険性、無残な遭難遺体の処理にあたっての心理的ダメージや、遭難費用の請求のトラブルを考えれば、、心のケアが必要なのはむしろ「救助する側」にあるというのは、まさにその通りだ。

どのくらいお金がかかるか

捜索にどのくらいのお金がかかるかについて説明した部分が「4章 遭難が周囲におよぼす迷惑」にある。
ヘリの飛行にかかる費用は

捜索隊にかかる費用は

  • 警察官…無料(血税
  • 山岳遭難防止対策協会隊員の日当…一人35,000〜50,000円


血税」と書いたが、「無料」というのは、実際には税金から出ているということで、バカな遭難者のために税金を使いたくないというのが作者のスタンス。
しかし、無料で動いてくれる公的機関は、他にも業務を抱え、遭難者のために待機しているわけではないので、捜索等については、山岳遭難防止対策協会など民間に依頼をすることになる場合が多いという。
ヘリについては、ざっくり1時間100万円と書いたが、以下のHPに細かい内訳がある。

滞留・夜間滞留などを考慮しない場合でも、チャーター料+空輸料+スタンバイ料の合計で127万9,400円かかる計算になります。

遭難しないに越したことは無いが、引用先のHPにも書かれているように、登山前に保険に入っておくべきなのだろう。作者によれば「保険に加入していない人ほど遭難する」そうだが、それも含めて意識の高い人は遭難しない、ということだ。

遭難しないために

9章、10章では、遭難しないために、また、山でのピンチへの対処について詳しく書かれている。
データから見ると、人数では単独行の遭難者が多いのは当然として、男女では男性の方が遭難率が高い。これは、女性の方が慎重に行動するためだという。したがって、登山に行く際には、男女それぞれの特性を生かした混成グループが薦められている。なお、本書内では以下のような具体的な準備について説明がある。登山に行くことがあれば、改めて読み返そう。

  • 登山計画書の提出
  • 山岳保険の申し込み
  • 適切な登山靴、ザックの選択
  • ピッケル、アイゼン、雨衣、ツエルトの準備
  • 食料の準備

おわりに

登山では「お客さん」は許されず、各個人がトラブルに対処する力を持っていなければたちまち遭難してしまうことがよく分かった。そういう意味で、全く甘えが許されない場所であり、それが一つの魅力なのだと思う。スキューバダイビングなんかも同じだろう。
一方で、車の運転であっても、もしくは日常業務であっても、小さくないリスクを抱えており、トラブルに遭遇する可能性は常に存在する。冒頭の新聞記事に戻るが、今回遭難して命を落とした方々を単純に非難するのではなく、他山の石として、自らの行動の点検に使っていくべきだと感じた。

*1:さらに、「中高年」の問題を指摘する記事もいくつかあった。実際に遭難者に40歳以上の中高年が多いというデータがある。→山岳遭難の76%が中高年…体温調節に衰え(読売新聞)