- 作者: マーセル・セロー,村上春樹
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2012/04/07
- メディア: ハードカバー
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大部分がネタバレ禁止となる小説のため、まず、ネタバレなしの紹介を書くことにした。
しかし、このブログ自体は、記憶力が極端に悪い自分のログという目的もあるので、後日、ネタバレありの文章をアップしようと思う。
あとがきで、訳者の村上春樹が「できればまっさらな頭で物語を愉しんでもらいたい」と書いているように、ストーリー部分については予備知識を入れずに読むのが良い。したがって、訳者あとがきは勿論、おおよその書評は、このマナーを踏まえて書かれている。例えば、日経新聞の書評も村上春樹のあとがきを引用しつつ、「意外感」のみに触れる。
この本の訳者は「あとがき」にこう記している。「昨今読んだ中ではいちばんぐっと腹に堪える小説だった。物語としてのドライブも強靭だし、読後に残る重量感もかなりのものだ。そして何より意外感に満ちている。僕は思うのだけど、小説にとって意外感というのは、とても大事なものだ」。たしかにこの小説は、その意外感に導かれて物語を辿っていくだけでも、十分に堪能できる。とりわけ、初めの30ページほどが過ぎたところで現れる最初の意外な展開には、おそらく多くの読者がアッと驚かれることだろう。
ここでも書かれるように、意外な展開は、終盤ではなく序盤から何回かに渡って出てくる。空中キャンプの伊藤聡さんも「『極北』がすぐれているのは、ストーリーに関するさまざまな情報を明かすタイミングの絶妙さ」と書かれているがその通りだと思う。自分は翻訳小説*1をほとんど読まないので不安な面もあったが、この「意外感」と、文章が表現する景色や自然の美しさが自分を飽きさせなかった。
美しさについていえば、昨年12/5に行なわれたマーセル・セロー氏の来日記念トークイベントでは、最初に、第一部の9章(P79)をセロー氏本人が朗読している。凍てつく夜の空に広がるオーロラと、作業をしながら思い浮かべるオレンジの味についての描写だ。トークイベントの中で「何か美しいものをつくりたいという思いで執筆」していると語っており、それは勿論、物語全体としてのことを語っているのだろうが、その魂は細部にも宿っている。(ちなみに、このトークイベント後半部のQ&Aは完全にネタバレしているので閲覧注意です)
国破れて山河ありという言葉の意味を改めて知るような、自然の美しさの静謐な部分が溢れた小説だとも思う。
執筆における美しさの追求を説明するために、マーセル・セローは、この小説を結晶に喩える。
学生のころの化学の時間に、大きな結晶をつくるという実験がありました。日本の高校の化学の授業でも、同じように結晶をつくるかどうかわかりませんが。
必要なものは二つです。まず、しかるべき物質を溶かした過飽和溶液。それから「種」となる小さな結晶。溶液の中に、ちょうどいいタイミングでこの結晶を沈めるのです。
ここでいう過飽和溶液は、原発事故についてのドキュメンタリーを作るために訪れたチェルノブイリと、そこで出会った70代の女性。そこから気づかされた「(自分が)大災害が起こったあとの世界で生き抜くために必要な技能を、何ひとつ持ち合わせていない」という事実。
そして、結晶は一文の書き出しから生まれた「私よりもずっとストイックで、タフで、才覚がありそう」な主人公・メイクピース。
訳者あとがきでも、この小説が生まれた背景については詳しく書かれており、この部分については、知識を入れておいていいと思う。
ただし、個人的には、小説が生まれた経緯や「意外感」のあるストーリーという要素がなくとも、この表紙デザインの白とエンジの組み合わせ、帯に書かれた「耐寒の迷宮、極限の孤独 予断をゆさぶる圧倒的な小説世界−」という惹句だけで読みたいと思わされた。読後、ストーリーと照らし合わせて見て改めてこのデザインに惚れ直した。
装丁込みでオススメできる傑作小説だと思います。
追記(2015.5.6)
結局この本については、予告していた通りの「ネタばれあり」の感想を書くことはなかったのですが、改めて、やはり面白い本だったと思い返すのでした。村上春樹の期間限定公式サイト「村上さんのところ」でも、2015年2月に取り上げられていました。
あの小説、ほんとに面白いですよね。いったいどうなるんだろう? 先がまったく読めません。僕もわくわくしながら翻訳しました。マーセルさんにはこのあいだロンドンで会って、一緒に食事をしました。とても感じの良い、インテリジェントな人です。「日本に行って、高尾山から東京の都心まで歩いたんだよ」と言ってました。そういう変な旅行をするところはお父さん(ポール)に似ているのかもしれないですね。(村上春樹)