Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

電王戦に向けておさらいの一冊〜岡崎裕史『コンピュータvsプロ棋士 名人に勝つ日はいつか』


ついに3/23(土)に開幕第一戦が迫った「第2回 将棋電王戦」。
3/15に開幕直前記者会見が開かれたということで、5人の棋士がインタビューに答えている。初戦に出場する阿部光瑠四段は、対戦相手の「習甦」も提供してもらって、それで研究しているようで、本番に向けて非常に頼もしい発言。

「『習甦(しゅうそ)』のソフトを提供してもらって、コツコツ指している状態です。十分勝ちやすいと思いました。先鋒ということは、あまり気にせずにいきたいです」


ということで、本当に楽しみになってきた電王戦だが、改めてコンピュータ将棋の基礎を知るためにこの一冊という本を紹介。

コンピュータVSプロ棋士―名人に勝つ日はいつか (PHP新書)

コンピュータVSプロ棋士―名人に勝つ日はいつか (PHP新書)

これまで、何度かブログに感想を書いたように、関連本を5冊程度読んだ中では、結局、この『コンピュータVSプロ棋士』が一番面白かったかもしれない。
どれもが同じことを題材にしているのに何故なんだろう。


いくつか理由を考えてみた。
まず、この本は、文字が大きく、しかも、やわらかいフォントで組んであるということがある。図版が多かったり、饒舌過ぎないことは、他のコンピュータ将棋本でも同様だったかもしれないが、フォントから受ける印象の差は案外大きいのではないかと思う。読みやすい、親しみやすいというのは、内容以前の問題だが、明らかにこの本の魅力の一つだと思う。


次に、著者の将棋についての知識が豊富であるということ。
渡辺竜王VSボナンザ戦と、清水市代VSあから2010戦については、他の本でも読んではいるが、特に後者は、実際の当日の解説陣の意見を交えつつ、自らの感想も入れてあるので、リアルタイムで対局が進行しているように読める。その「自らの感想」部分が生き生きとしているのが、この本のいいところなのだろう。
あとがきを読むと、小学生の時からコンピュータ相手に将棋を指していたというから、本当に、将棋が、そしてコンピュータ将棋が好きなだというのがよく分かる。


また、タイトルを見ても分かるがコンピュータ将棋側にかなり肩入れした内容になっている。これまで読んだ本では『人間に勝つコンピュータ将棋の作り方』が近いが、あれは、開発者本人が寄稿しているから少し異なる。例えるならば、ジャニーズアイドルが書いた本ではなくて、ジャニーズファンが書いた本に近い。それだけ、コンピュータ将棋を推す姿勢が貫かれているというのが読みやすいのかもしれない。だからか、その特徴や、基本的なアルゴリズム解説についても、コンピュータ将棋側の気持ちになれる素晴らしい事例とともに紹介され、そのおかげで関連本の中では一番理解しやすい内容だった。
例えば、ボナンザの紹介で、「2005年に彗星のごとく出現した将棋ソフト」であり、それが従来の将棋ソフトとは一線を画す理由としていかの3つを挙げている。

自動学習は、それまで開発者が匠の技で味付けしていた局面評価を、ボナンザ自身がプロ棋士棋譜から学び取って行くことを意味する。本書では、これを「かな漢字変換ソフト」の自動学習に喩えて紹介するのだが、分かりやすい。よく考えてみれば、当然そうするべき喩えなのだが、何故かこれまで紹介した本には、こういうアプローチが無かったように思う。
また、コンピュータ将棋がどうやって手を読むかの基本的な説明でいつも使われる「選択木」の説明がこれ以上ないくらい分かりやすかった。というのは、将棋以外で人間が考えを巡らせるような具体的な例を挙げるのである。


この木の枝を漏れなく辿ると、クリスマスの準備の行動と結果の組み合わせを網羅できる。つまり、すべての局面が読める。全ての行動についてその結果を評価してあげれば、時間はかかるが、最善手に辿りつける。これが全幅探索の基本的な考え方となる。


そして、どうでもいいような気もするが、自分の中でもしかしたら重みづけを高く評価したのかもしれないポイントは「友だちが少なそうなこと」である。(笑)
あとがきでは10歳のときに初めてパソコン向けの将棋ソフトを買った思い出や、中学生のときに改めて買った思い出話のところで、わざわざ「友達がいなかったので」という説明をつけているのもちょっと面白い。
そして、衝撃的だったのは、上の探索木の例の続きである。上記事例について、「すべての局面をあぶり出す必要はないだろう、と思える場合」として、「私がクリスマスの準備をする場合」を挙げるのである。

私は友達が少ないので、誘うべき男などいない。女性に至っては、どこの星の生き物だ、ほんとうに実在するのか、都市伝説ではないのかという体たらくである。したがって、この木の中では、そもそも「1人で過ごそう」という選択肢しか選ぶことができない。一般論として、「男を誘おう」「女性を誘おう」という選択肢は成立するのかもしれないが、私には関係ない。p78

そうして、考える必要のない二つの枝を刈ってしまい、「読み」の幅を狭めることにした探索木の図が以下である。ちょっと衝撃的な図である(笑)


これが、全幅探索ではなく従来のコンピュータが行ってきた「選択的探索」となる。しかし、選択的探索には「読み漏れ」が出てしまうことと、「どの枝を刈るか」を決める時間が必要となることから、全幅探索に対する優位性は薄れる。つまり、この状態では、どっちの方法もダメなのである。
したがって、ボナンザは本当にしらみつぶしに全ての方法を探索しているのではなく、さまざまな方法で読みの量を減らして(枝を刈って)いる。そこで出てくるのが、ミニマックス戦略やアルファベータ探索ということになる。他のコンピュータ将棋の本でも一連の説明が出てくるが、流れとして非常に自然で、何より、コンピュータ将棋(の開発者)側の悩みながら前進している様子がよく分かる説明になっていた。


さらに、コンピュータ将棋の開発者が、コンピュータに教えることの難しさについての説明も分かりやすかった。
他の本では取り上げられていなかったと思うが、水平線問題(水平線効果)の話が良かった。つまり4手目までしか先読みしない将棋ソフトは、大駒を取られるなどの損な手を、5手目以上に先延ばしする(水平線の彼方へ追いやる)だけの手を「最善手」としてしまうのだという。いやな局面を先送りにしてなかったようにしてしまうという人間っぽい例えを出しながら、そういう「ズル」をしないように、開発者がどうコンピュータに教え込むか、という苦しみが伝わってくる。


最終章では、将棋ソフトが名人に勝つ日について、羽生名人が若かりし日に、その日を2015年と予想したという話が引き合いに出される。特に明言はされていないが、著者の気持ちとしてもあと数年というイメージなのだろう。もしもXデーがすぐだとしても、将棋の魅力は失われないとし、チェスで行われている、人間とコンピュータが協力するアドバンスド・チェスというスタイルを例に、発展していくやり方についても提案している。そういった「将棋愛」は全編に貫かれており、やはりそこが一番この本の印象を良くしているのかもしれない。


本番とは異なるバージョンとはいえ、GPS将棋が、アマチュア3人に負けて少しほっとしているが、電王戦での将棋ソフトvs人間の対決は一体どうなるのだろうか。
本当に、初戦の阿部光瑠君の「まず一勝」に期待したい。