- 作者: 池上彰
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2010/06/17
- メディア: 新書
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無双とは字義通りでいうと「並び立つものがない」ことで、ネットスラング的には「無敵」に近い意味で使われている。
池上彰氏は、元NHKアナウンサーであり現在はフリーで活動している。
特に政治関連のテレビ番組に出演しており、同時間帯の視聴率が1位になるなど人気を博している。そんな池上彰氏が2013年7月の参議院議員選挙において政教分離について踏み込むなど
一般的にタブーと思われる事柄を取り扱っていたことから、タブーを恐れない無双状態であるとして
テレビを見ていたユーザーが「池上無双」と掲示板などに書き込む様になった。
上に引用したように、「池上無双」自体は最近言われるようになった言葉のようだが、池上彰本人に変化があったわけではなく、2010年に出たこの本でも、その無双ぶりは発揮されている。
基本的には、この本は同じ講談社現代新書の『相手に「伝わる」話し方』『わかりやすく〈伝える〉技術』に続く“わかりやすさを考える”3部作の最終巻にあたる本、ということで、それを習得するための勉強法について書かれた本である。
しかし、反面教師とする具体例が充実している本となっており、そこが「無双」が感じられるところだ。
たとえば、文章力を磨くために精読を推奨する1面コラム(天声人語など)については、つまらない文章に当たったときは「なぜつまらないのか」を分析することで、文章力向上に役立てる方法が書かれている。(p98)
この部分などは、具体的な新聞名が書かれているわけではない。一方で、具体的な新聞記事を挙げて、分かりにくい部分を指摘する(p42)ところもあるが、それほど特殊ではない。
しかし、分かりやすさが売りの「週刊KODOMO新聞(読売新聞土曜夕刊)」や日本銀行広報誌『にちぎん』、また『もういちど読む山川世界史』の一部の文章についてダメ出しをするのは、この人ならではなのかもしれないと思った。(反面教師が具体的なことで、主張が非常に分かりやすくなるのも事実で、池上さんの戦略はズバリ当たっているわけだが)
なお、これらの新聞や本が陥っている罠は「専門家だけで書いている」ことの弊害で、「そもそもこれって何」という疑問設定自体が出来ていないことが問題だと池上さんは指摘している。(p180)
しかし、最大の「池上無双」は、この本の担当編集者の話し下手について、彼女の実名を出して、具体的に分析する部分。
この本の担当編集者は○○さん(実名)とは、もう10年来のつきあいです。最初会った頃は、いったい私に何を求めているのか不明なほど要領を得ない話し下手でしたが、最近ようやく何を言っているのかぐらいはわかるようになりました。つきあいが長いので、ということもありますが…
から始まる「話が枝葉に行きっぱなしにならないために」と題されたコラム(p53)は、自分が担当編集者だったらと思うと、ちょっと怖い…。
とはいえ、自分の非も挙げているのも素晴らしいところ。文部省の記者クラブに所属していた時代の話として、民放の若い女性記者から「池上さんに文部省のことについて聞くと、そんなことも知らないのかという態度をとられるので怖い」と言われたことを挙げており、これ以降、誰に対しても謙虚な態度を取るように気持ちを改めたという。
このように、自他含め、うまく行っていない具体事例(失敗例)を挙げながら説明されているのは、成功例が挙げられるよりもわかりやすい。この本のポイントは、そこにある。
なお、「相手に話の地図を渡す」「手垢のついた抽象的な表現に逃げない」「耳で聞いてわかる表現を用いる」などのオーソドックスな「わかりやすい説明」以外に、以下のようなテクニック的な説明があり、機会があれば真似してみようと思った。
- 意外な取り合わせで本質が同じものを持ってきた方が、バラバラな知識の断片を組み合わせて相手に「わかった」と思わせるインパクトが大きい(p83)
結局、相手がどのように感じるか、という部分に、どこまで踏み込めるか、という部分が、わかりやすさを考える上で重要であることに気がつく。いわゆる「池上無双」は、「視聴者が何を知りたいのか」について、他の人が考えないレベルまで突き詰めている池上彰さんならではの姿勢なのだろう。