Yondaful Days!

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旅行記と小説の境界〜長嶋有『エロマンガ島の三人』

エロマンガ島の三人 (文春文庫)

エロマンガ島の三人 (文春文庫)

エロマンガ島にいって、エロマンガを読もう」。ゲーム雑誌のそんな企画が通ってしまい、男三人は南の島へ向かう。二泊三日のささやかな旅がそれぞれの人 生をほんの少し変えることも知らずに。疲れた心をもみほぐす表題作のほか、著著初のSF、ゴルフ小説、官能小説まで収録した異色で楽しい小説集。

ブルボン小林名義のコラムは読んでいたが、長嶋有の小説はおそらく初めて。
エロマンガ島にいって、エロマンガを読もう」(実話)という発想自体が下らなくて面白いが、実はじんわり優しい気持ちになれる表題作を始め、長嶋有の文章を堪能しつつ、南の島への憧れが強くなる短篇集だった。


ぼんやりと長嶋有の文体を評するなら「淡々と巧い」。
他の作家と比較してみると、例えば(こちらも技巧派の)沼田まほかるとは全く異なる。
沼田まほかるの文体にはフィルターがかかっている。見る風景自体が、まほかる色に染められているのだと思う。
長嶋有の文体は、そういったフィルターがない。自分は読者として作中の人物に同化し過ぎない。友達の話を聞いている感じ。最初は人称が異なるからかとも思ったが、長嶋有の書く一人称の小説でも印象は同じなので、問題は文体だろう。
趣味で俳句をやっている、ということを知っているからか、研ぎ澄まされた文体、飾り気はなるべく減らしたスッキリした文体だと改めて思う。
沼田まほかるの文体にも無駄がないが、冬季五輪でスキー競技を見ているような、綺麗なシュプールを描く心地よさ、とでもいうのだろうか、長嶋有のそれとは異なる。長嶋有の文章は、もっと動きが少なく、将棋の名人のような感じ。定石通りに序盤を進め、勝ちを狙うポイントは妙手で抑える感じ。
一方で、もっと淡々とした話を書く人なのかと思えば、想像以上に、恋愛に関する文章が多かった。登場人物のそれぞれが恋愛観を語ったりする。ここら辺もまほかるにはない部分かもしれない。


印象論はそのくらいにして、内容。
表題作は、ゲームネタ満載の島旅行記で、体験エッセイっぽい語り口で話が進む。ただし、エロマンガ島滞在記風のエッセイの間に、主人公・佐藤の彼女・鈴江の東京での「危うい」状況が挟まり、佐藤と鈴江のぼんやりとしたわだかまりが吐露される。その中で、どんどん小説っぽくなっていく微妙なバランスが面白い。
日本から遠く離れた外国の島が舞台になっているからこそ、そういった気持ちのすれ違いは、理解しやすい形で表現されているように思う。

川の深いあたりを見極めて、佐藤は平泳ぎをした。魚がよくみえる。手づかみできそうだ。
遠くの方では、同じように布をしぼり、水浴びしている人たちがいる。ここでは皆、こうしているのか。昨日トラックで廻ったときに出会った大人たちは誰もがのんきそうで、あくせく立ち働いているという風ではなかった。
ここで一生を暮らすというのはどうだろう。
佐藤は「思い」にとらわれた。人はどんなところに旅行しても、それがとても良い場所だったら「ここで暮らしたいなぁ」と戯れに口にしてみるものだ。
今ここで、戯れという以上に掘り下げて考えてみるのは、はなはだ簡潔で甘美な生活ぶりを容易に想像しやすいからでもあるが、日置のせいもある。
p87

帰国したら佐藤は私に気を使い、つかの間だが手厚く接してくるだろう。
アハハハハ、といつだって気弱そうに笑うんだ。「それ、いいかもー」という口癖に、自分だけ気付いてない。相槌は「いいかも」の割に、それをやらないし、そこにいかないし、しないんだ。
『このままエロマンガ島で暮らすことにしました。もう帰りません』そっけなく、そういってくれたらいい。そうしたら、浮き輪と着替えと甘いものをもって、私はいそいそと追いかけていくだろう。
でも、彼はそうしない。そしてそのことを自分はもう知っている。
p97


なお、現地でお世話になった家族の小さな女の子から「日本の歌を教えて」と言われて、あるアニメソングを教えるシーンには感動した。それこそ、これしなかい、というセレクション。このシーンに出会うだけのために読んでほしいとすら言える、自分にとってはベストシチュエーションのベストソングでした。
(1972年生まれだというから、ほぼ同世代ということで、ゲームにしてもアニメにしても、趣味が近い部分があるのかもしれない。)


エロマンガ島の三人』の裏話的な内容で『青色LED』やSF、官能小説?などバラエティに富んだ、しかし、確実に「長嶋色」の貫かれた短篇集だった。あと、フジモトマサルの表紙が素晴らしい。
次は芥川賞受賞作かな。また、この短篇集収録作品だけは読んだけど、他の小説も読んだ上で、以下の漫画作品集はチャレンジしてみたい。

長嶋有漫画化計画

長嶋有漫画化計画