Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

ぼくらが(ひとりでも)旅に出る理由〜吉田戦車『吉田自転車』

吉田自転車 (講談社文庫)

吉田自転車 (講談社文庫)

この本は単行本が2002年に発売、連載は2001〜2002年ということなので、1963年生まれの吉田戦車が38〜39歳の頃の作品だ。今現在の自分よりも少し年下ではあるが、吉田戦車の「先輩おじさん風」エッセイとして読むことができた。
作者が吉田戦車ということもあり、当然のことながら、Facebook的な、もしくは、機内誌、車内誌にあるような、「幸せな」旅エッセイではなく、あくまでフラットなところに親しみが湧く。つまり、嫌なことや恥ずかしいことについても、ネタとして扱い、かつ、盛り過ぎない。
買ったばかりのオレンジ色のデイパックを、二子玉の高島屋で買い物をしている奥様方に笑われていないか、と後悔するくだり(第7回)や、山梨の別荘(民家を譲り受けたもの)がジャングルのようになっていて、近くに住む人たちから文句を言われる場面(第9回)など、失敗とまで行かないが、自分の日常の中でも経験しているような「嫌な思い出」が多いことが、自分の生活と地続きな感じがして楽しい。


そして、個人的な感想になってしまうが、この本の特徴は「近い」。
自分の移動範囲にある、見慣れた地名ばかりが登場する。
野川、三鷹の森ジブリ美術館、地球屋(蕎麦屋)、豪徳寺八幡山の天下一品、東宝大工センター、品川通り、東八道路、生田緑地公園の岡本太郎美術館
これらの場所の多くが、よく行くマラソンコース内にあることもあって、自転車とランの違いはあっても、自転車旅にシンクロするように楽しむことができた。


また、仲間と一緒のときもあるが、基本的に、ひとりで自転車を漕いでいる、それを楽しんでいるところが自分は好きだ。
最終回は、調布から北の丸公園にある科学技術館まで遠出をするのだが、帰りは足が痛くなってしまい、友人の家に自転車を預けて電車で帰路につくことになる。
駅で電車を待つシーンの独白が、本編最後の文章になっているのだが、この部分には強く共感する。

ベンチで足をもみながらしばらく自問自答してみる。
俺はなぜ自転車の遠乗りなどするのか。
答えはもちろん「おもしろいから」であるが、それでは今の痛い状態が、お前はおもしろいのか。
困ったことに、この日常的ではない疲労感もまたおもしろいのだ。
今にもぶっこわれそうに膝上の筋肉は痛む。しかし、
「都心のほうはかなりおもしろかった。また来よう」
などとのんきに考えているのだから、まあ、まだまだ元気で幸せな自分である。

結局「おもしろいから」以上の理由はないのかもしれない。
でもって、どうしておもしろいのか、を小沢健二「ぼくらが旅に出る理由」に引きつけて掘り下げると、やっぱり行く先々に人々の暮らしがあるからなのではないかと思う。
うまいラーメン屋を目的地に据え、「ばあさんをひかないように」進むのが楽しいのは、そこに毎日続いていく暮らしがあるから。たとえ直接ひとに出会わなくても、綺麗に手入れされた花壇や、野球場、公園、そこには人々の楽しみがある、自然に目を向ける人々の眼差しがある。砂漠の中や、誰もいない陸上競技場を延々と走るのではなく、街の中をを走れば、そこに必ず暮らし、LIFEがあるから。
そして、何より自分の身体を使って先に進んでいく、そこには自分自身の生命、LIFEを感じる。だからこそ、ランニングでも自転車でも、走るのはおもしろい。
半ばこじつけだったが、こうして書いてみると、小沢健二「ぼくらが旅に出る理由」は、広く普遍的なことが歌われている凄い曲なんじゃないかと思えてきた。久しぶりにアルバム『LIFE』を通して聴きたくなった。


LIFE

LIFE