Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

熱血のススメ〜香川照之『慢性拳闘症』

慢性拳闘症

慢性拳闘症


表紙を見てわかる通りの「変な本」。
馬鹿な恰好(丹下段平のコスプレ)をしている香川照之が、おどけるでもなく真面目な顔でこちらを見ている。そして、悪ふざけでしかないタイトルをつくる明朝体のフォントからも不器用な真面目さを感じる。
刊行当初の、2011年の映画公開直前の時期であれば、かろうじて「あー、あれか」となるが、今この本が書店に並べられていたら、シュールすぎて恐怖を覚えるほどかもしれない。


そう、この本は 山下智久伊勢谷友介がジョー、力石役を演じた実写版映画『あしたのジョー』の撮影日誌。

治りません。

希代の演技派俳優、かつ無類のボクシングマニアが魂と肉体を捧げて丹下段平を演じた実写版「あしたのジョー

捧げることである。
どんな時も自己犠牲をしていくことである。
苦しい方を選ぶことである。
嫌だと瞬時に感じた方を選択すべきである。
涙と感動の撮影日誌――


そして、この本は外見だけでなく、内容もやはり「変な本」だ。
撮影日記なのだが、13歳からボクシング観戦に心血を注ぎ続けたという「拳キチ」香川照之がボクシング道に走り過ぎている。とにかく過剰。
撮影日誌にもかかわらず、伊勢谷友介はどういうボクサーを目指すべきか、や、山Pの左フックがまだまだだ、とか、撮影の休み時間に見せる自分のミットの押さえ方の細かな反省点、そんなことばかり書かれている。その異常なテンションがわかる文章を引用する。

ふむむ。悪くない。ジャブを打った後の引きがまだまだだが、伊勢谷はすでに一ボクサーとしてある種の形にはなっている。
ならば、言わねばなるまい。
私の想像の中の力石徹は、どこか一つぎこちない構えなのか動きなのか分からないけれど、そのぎこちなさがスタイル全体を貫き、これが源泉となって軋むようなパンチの強さを引き起こすタイプのボクサーとして認識されている。何故かは分からないが、ボクシングにまつわる私の遺伝子(DNA)が、そう訴えている。具体的に想起すれば、元世界王者の浜田剛史が24年前に両国国技館で初回にKOしたメキシカン、レネ・アルレドンドのようなややバタついたスタンスが思い浮かべられるのだった。
読んでいる方はさっぱりであろう。だがここは、ぐっと我慢していただく時間帯だ。
そう、長身だが滑らかさに少し欠け、しかし鞭のように撓るパンチを打ち込めるアルレドンドクラスにまで伊勢谷が昇華できるのならば勝算はぐっと膨らむ。
そのためには、伊勢谷にはまず滑らかなバターのような動きが出来るボクサーになるまで修練を積んでもらい…(以下略) p41


おかしすぎる。
「だがここは、ぐっと我慢していただく時間帯だ」という言葉は、最近読んだ本の中でも、1、2を争う名(迷)文句だと思う。(笑)
とにかく、熱が入り過ぎて*1監督に引かれる場面も挟みつつ、撮影は進み、終盤は、撮影スタッフ皆がその熱狂の中に入っていく様子が、この本の読みどころだ。
実際に殴り合うシーンの連続なので、本気のパンチが俳優に当たってしまうこともある中で、伊勢谷友介がクランクアップ時に、ボクシング指導のスタッフに言うセリフがカッコいい。

「梅津さん、全力で殴って力石を死なせてください。僕の中から力石を追い出してください」p154

そんな風にして、殴り殴られ、時に涙を流す人も出る中で撮影された映画、ということで、前々から気にはなっていたが、やっぱり、この映画は見ておかなくてはと思い直した。



マニアックで知識豊富、技術面からボクシングの理想像を語る言葉でいっぱいの香川照之は、根性論が前面に出た「あしたのジョー」という作品に、当初否定的だったという。しかし、撮影を通してこの作品と向かい合う中で、「あしたのジョー」という作品の本質に触れる。そのことが書かれた7章以降も面白い。
テーマが共通するものとして取り上げられている映画『劔岳 点の記』*2木村大作監督の言葉、そして香川照之自身の改心の言葉が胸を打つ。

「人生なあ、楽な時は落ちてる時なんだ!今は楽だなあと思ったら、それはもう人生落っこちてる時だ!いいかあ!逆に苦しい時はな、昇ってる時なんだ!!苦しいと思ってる時こそ、人生上ってるんだ!」
皆の心がさぁーっと晴れた瞬間だった。
苦しみに耐えられないのは、それが苦しくて自分が落ちていると錯覚しているからなのだ。でもそれが、人間が成長している瞬間だと知っているならば…。p203

今日という日を綺麗事ではない、周りからは狂っていると思われるような過ごし方をした者だけに「あした」はやって来る、そうちばてつや先生は言う。故・高森朝雄先生は言う。
今日、が大切なのである。学生の頃、あれ程軽んじた「今日」を、死ぬ思いで駆け抜けた勇者だけが理想に満ちたスタイリッシュな「あした」を手に入れることが出来るのだ。p199


勿論ストイックすぎる生き方であるかもしれないが、時には、これくらいの「熱血」を目指して、ネジを巻いて人生への活力を取り戻していきたい。


次見るのは、当然これかな。


あと、見逃してしまったこれも是非見てみたい。

それは今年5月のことだった。俳優・香川照之はTBSの『櫻井・有吉THE夜会』に出演し、熱い思いを訴えた。「Eテレで昆虫番組をやりたい!!」
さっそく香川に会いに行くと、香川は専門家顔負けの知識とディテールあふれる昆虫体験をもつ“超”がつくほどの昆虫マニアだった。「自分は単に昆虫の変な生態が好きなんじゃないんです!本能のままにまっすぐに生きる昆虫の姿に生の本質を見るんです!」香川の熱い語りは止まらない。「ケータイまみれで時に自分を偽って生きねばならない子どもたちや、軟弱になったとか草食系とか言われる男子たちにそんな昆虫の姿を見せたい。自分はいつも昆虫から生きるヒントをもらっています。」…Eテレはそんな香川に、着ぐるみで昆虫のすごさと面白さを伝える番組を依頼した。
香川照之の昆虫すごいぜ!/Eテレ

*1:なお、ジョーと力石が外見を漫画に寄せない中で、段平だけが、漫画版そのまま、という方針も、香川照之が監督を説得するような形で実現しており、香川照之が熱い役者であるということだけは伝わってきた。

*2:香川照之は撮影のために5か月間北アルプスの山々にアタックし続けたという