Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

どこが「復興」し、何に「打ち勝つ」のか?~三浦英之『白い土地』


「人類が新型コロナウィルスに打ち勝った証として」という欺瞞に満ちた枕詞がすっかり印象づいてしまったが、そもそも東京五輪は、東日本大震災の復興五輪という位置づけが大きかった。
先日の菅首相の施政方針演説にも、「東日本大震災」の言葉が添えられている。

菅首相は「夏の東京オリンピックパラリンピックは、人類が新型コロナウィルスに打ち勝った証として、また、東日本大震災からの復興を世界に発信する機会としたい」にすると説明。
菅首相「東京五輪、人類がコロナに打ち勝った証に」開催に改めて意欲 施政方針演説 :東京新聞 TOKYO Web

そもそも東京五輪は、(それが誘致のきっかけとなったのかどうかはわからないが)2013年9月のIOC総会で、安倍首相(当時)が、東京電力福島第一原発を「アンダーコントロール」と表現したことが発端と言っても良い。*1
昨年2020年の3月に震災から丸9年を控えた福島を訪れた安倍首相(当時)を引き留めて「今でも『アンダーコントロール』だとお考えでしょうか」と地元記者が質問したことは、テレビでも報道されて印象に残っていた。


安倍首相県内を訪問 JR双葉町など視察


その記者が、この本を書いた三浦英之さんだという。
三浦さんについては『日報隠蔽』の共著者であることを知っていたが、実際に本を読むのは初めて。
本の概要は以下の通り。

「どうしても後世に伝えて欲しいことがあります」
原発事故の最前線で陣頭指揮を執った福島県浪江町の「闘う町長」は、死の直前、ある「秘密」を新聞記者に託した――。


娘を探し続ける父親、馬に青春をかける高校生、名門野球部を未来につなぐために立ち上がったOB、避難指示解除後たった一人で新聞配達を続ける青年、そして帰還困難区域で厳しい判断を迫られる町長たち……。

原発被災地の最前線で生き抜く人々と、住民が帰れない「白い土地」に通い続けたルポライターの物語。

ノンフィクションを読む際は、「知識」を得ることを目的とする場合が多い。
今回も、「白い土地」とは何か、帰還困難区域」の現状はどうなっているのか?という関心からこの本を読んだ。
しかし、予想外に、「知識」要素は少なく「人間」「生活」を強く感じる本だった。*2
ひとつひとつの話に、起承転結がついているわけではなく、取材は、それぞれの人の生活・人生の一部を切り取ったものに過ぎない。しかし、その文章を通して、自分は、作中の人物と会ったような気がしてくるのだ。

少し考えてみると、それは、三浦さんの取材対象との向き合い方によるものだということが分かってくる。
取材対象の人物たちは、三浦さんのことを「新聞記者」ではなく「三浦さん」として扱う。必然的に、内容も生活の方に寄って来る。これは、『聖の青春』(大崎善生)や沢木耕太郎の著作の手法に近く、ああ、そうか、こういうのをルポルタージュというのか、と改めて思った。

「帰還」と「新しい町」

特に、印象的なのは、週一回ではあるが、三浦さん自身が新聞配達を行った浪江町 の鈴木新聞舗を取材した第4章「鈴木新聞舗の冬」。
新聞配達の時期は、浪江町に出されていた避難指示が一部で解除されてから半年が過ぎた頃。しかし新聞配達をしていたからこそ、浪江町役場が公表していた帰還住民の数が「多め」の数字であることに気がつく。


このあたりの「帰還住民」の問題は、実際の原発事故や津波被害など直接的な被害に比べると、想像力を要する。
第5章~第7章は「ある町長の死」として、ガンを患っていた馬場・浪江町長のインタビューがまとめられている。
町内に原発が立地していない(故にそもそも恩恵が少ない)にもかかわらず、原発直後の空気の流れと降雨の影響で町全体が極度に汚染されてしまった「悲劇の町」。(いわゆるSPEEDIの問題はこれに直結する)
浪江町長としての津波災害、原発事故への対処、事前に通報連絡協定が結ばれていたにもかかわらず事故発生時に情報発信が何もなかった東電への怒りなど、今読んでも緊迫感が伝わってくる。
しかし、もうひとつのクライマックスは2017年2月。政府が浪江町中心部の避難指示を解除する考えを表明し、これを受けて町長が町内に帰還することを決断したときのこと。
この頃の馬場町長の危機感は町おこしならぬ「町のこし」という言葉に現れているが、三浦さんは「帰還の時期が早すぎたと思うことはありますか」と繰り返し質問する。

避難指示の解除から半年で町に帰還した人はわずかに約380人。町内にはスーパーや病院はなく、新設された小中学校への入学希望者は10人に満たない。帰還住民のうち少なくない人が「こんなことなら戻らなかった」と嘯き、その不満の多くは今、馬場町政への批判となって町役場に寄せられている。p147

かつての生活を取り戻したいと、生活の場に「自分だけが」戻っても、そこでの生活は、以前のものとは全く違ったものになる。確かにその通りではある。
さらに、人の数が十分だったとしても新たな問題もある。第10章では、大熊町の状況についてまとめられている。
浪江町と同様、一部の地域で避難指示が解除されて人口の1%程度、約120人が帰還した大熊町。新しい町役場が建設された大川原地区では広い町道を挟んだ南北で状況が大きく異なるという。

町道の南側には原発事故で家や土地を失い、八年ぶりに故郷に戻った帰還住民が災害公営住宅で暮らす。一方、北側には東京電力の社員寮が建設され、廃炉作業に取り組み約620人の東電社員が生活している。p213

北側住民の多くは町に住民票を移していないため、週末には首都圏に帰ってしまうという。原発事故の加害企業の社員と被害者が向き合って暮らすという「新しい町」は、大量の汚染土を一時的に収容するための「中間貯蔵施設」(保管期限は30年という約束になっている)の受け入れも決めている。
第3章で出てくる、2016年に結成した双葉高校野球部のOBチームの取材の中では、「OBチームの中でも、原発事故や避難生活のことについて会話を交わしたりすることがあるのでしょうか」という質問に対して、「いや、ありませんね」という答えが返ってくる。

それぞれいろいろな事情を抱えていますから…。加害者の立場の人もいれば、被害者の立場の人もいる。自宅が帰還困難区域にあり、今も帰れない人もいる。まあ、そこら辺は暗黙の了解です。私たちはね、ただ野球がやりたいだけなのです… p55

そう答えた人は、中間貯蔵施設の出入り口で敷地内に出入りする車の放射能量をチェックする仕事をしているという。
また野球部OB会会長は、環境省の中間貯蔵施設用地補償課に勤め、毎日のように用地交渉で「バカ野郎」と怒鳴られているという。
三浦さんの書くような原発被災地の取材に対して、健康被害はないのに風評被害を煽っているだけ、というような非難をする人もいるが、土や水の処理をめぐって将来への不安が消えないということ以上に、日常生活での苦労が絶えないことがよくわかる。この現状を見ると、まったく「復興」が終わっている感じはしない。

「アンダーコントロール」と復興五輪

このような、帰還困難地域の現状、および汚染土を詰め込んだフレコンバッグの置かれた仮置き場の状況(p189)を踏まえた上で、この本の終盤は、第11章「聖火ランナー」で、安倍首相の「アンダーコントロール」発言に対する質問に向かっていく。
2019年12月17日に発表された聖火リレーのルートを確認して三浦さんは改めて理解する。

目の前に広がる「風景」は為政者や大会主催者の意思を雄弁に物語っていた。彼らが意識しているのはきっとランナーや観客ではない。東京オリンピックを報じるために世界各国から集まってくる海外メディアの視線…つまりカメラだ。彼らはその映像の中に「復興の影」が映り込むことを極端に嫌っているようだった。発信したいのはあくまでも「復興の光」であり「復興を遂げた福島」という為政者や大会主催者がこの東京オリンピックによって作り上げたいイメージなのだ。p225

このことは「人類が新型コロナウイルスに打ち勝った証として」との比較でも日本政府がアピールしたい日本像が徐々にシフトしてきていることが分かる。
安倍~菅政権の「科学音痴」がここに極まれり、という気がしてくるが、カッコよく見せたい「美しい姿」のビジョンはあっても、国の現状を科学的に把握することが出来ない。
それでも福島は国内だったから「世界を騙す」ことも可能だったのかもしれない。2021年1月の現状を見て全世界に対して「人類が打ち勝った」と胸を張れる気持ちが本当に理解できない(そう思っている世界の指導者がどの程度いると想像しているのだろうか)。また、処理水の海洋放出の話も残り時間がなく、廃炉処理のスケジュールも延期続きの状況下で今も「アンダーコントロール」と発言できる安倍さんはロボットで本当は心がないのではないかと思う。


三浦さんは「復興五輪」について、終章「1000年先の未来」でさらに突っ込んだ考察をする。

政府が掲げる「復興五輪」…その言葉自体に偽りはない。ただ、その対象が彼らと私では違っていたのだ。彼らが掲げる「復興」とは、原発被災地や津波被災地の「復興」ではなく、彼らが暮らす首都・東京の「復興」。もっと踏み込んでいえば、その東京に電気を送る東京電力の「復興」ではなかったか。p252

この言葉は、ぼんやりしたイメージで「復興五輪」を捉えていた自分のような人間にも突き付けられていると感じた。東日本大震災原発事故からあと少しで10年。「記憶を風化させてはならない」というお題目のもとで、当時のことを振り返ったりする機会こそあれ、帰還困難地域の「現状」としっかり向き合う機会はこれまでなかった。
現場を直接ではなく、周囲で暮らす人たちの生活の様子が垣間見られるこの本を読んで、改めて、色々な場所に暮らす人たちを想像することを続けていきたいと思った。

次に読む本はやはりこちらでしょうか。

南三陸日記 (集英社文庫)

南三陸日記 (集英社文庫)

*1:それにまた「人類が打ち勝った証」という嘘(少なくとも科学的根拠に乏しい言葉)を重ねるのか、ということを考えると頭が痛くなる。

*2:最近『オールラウンダー廻』という格闘漫画を読んでいるが、似たような印象を感じている。