Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

荷宮和子『若者はなぜ怒らなくなったのか』★

若者はなぜ怒らなくなったのか―団塊と団塊ジュニアの溝 (中公新書ラクレ)
目次に「島本和彦佐藤忠男を読もう」という項があったので、島本和彦ファンとして特に考えずに買ったが、読んでみると不快な本。というか勘違い甚だしい本。

「私の世代から見て感じる『近頃の若いもん』に対する違和感」−すなわち「若者はなぜ怒らなくなったのか?」について語る本

というテーマはいいのだが、実際には、

団塊の世代団塊ジュニアに挟まれた「くびれの世代」を代表して、両方の世代(と団塊ジュニアより下の世代)へ文句を言う本。

というのが、その内容のほとんどだ。
この本を読んで不快な理由は

  1. 括弧付きの「くびれの世代」「女」の視点に固執しすぎており、そのどちらでもない僕には感情移入しにくい。また、本筋とはあまり関係ないはずの田島陽子的な「女性」の捉え方には少し辟易。
  2. それぞれの「世代」の類型化に腐心しているが、団塊ジュニア世代として納得できない部分が多々ある。
  3. 統計的でないのは仕方ないにしても、あまりに自己の経験のみに頼りすぎた論理の構成。
  4. 勢いはあるが、文章が巧くない。web上の文章ならいいが・・・。(私的感情に流されすぎている。繰り返しが多過ぎる)
  5. 上と重なるが、おたく的引用と章末の注釈の説明。*1
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例えば

「ランキングに入ってない映画なんか見に行ったりしたら『なんで?』『わざわざそんな映画見るなんて、変わってるー!』って言われますよ」(P43)

という、若い編集者の台詞を元に、団塊ジュニア世代への批判を始めるのだが、「おいおい。その世代認識自体が間違っている」と突っ込みたくなる。
僕の感覚では、

  • 「ランキング絶対」の時代は、僕らが大学生だった10年前くらいの2〜3年で終わっている。
  • ランキング好きな人というのは、自分の趣味の相対的位置を確認したい人であり、ランク入り作品を見る(聴く)ことが大好きな人間ばかりではない。
  • そもそも「くびれの世代」も含めて、世の中の流れが、ランキングを求める時代になったということであり、「ランキング」をもとにした若者批判はおかしい。

また、

世の中には二種類の人間がいる。
「加害者になれる人」と「なれない人」だ。
(一部略)とにかくほとんどの男は、前者に属することができるのであり、そして、ほとんどの女は後者に属するしかないのである。(p148)

などは、前後の文章に如何に共感できようとも、反感を感じずにはいられない。やはり田島陽子的、竹内久美子的、ということは、少し電波入った感じがする。

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とはいえ、僕も、自分より若い世代に対して、「頑張ることを他人に見せないことがかっこいい(P68)」と考えるのは変ではないか?と、荷宮が団塊ジュニアに感じている違和感と同じものを感じてしまうのだ。
ということは、結局、「どの世代も下の世代に対して違和感を感じる」という当たり前のことしか、この本は説明できていないのではないか?と思う。
僕は、怒りをエネルギーに文章を書くのは、言いたいことが明確な分、むしろ良いことだと思う。日垣隆の諸作品などは、そういった内容が多いが、その分、論理的で隙がない。荷宮の文章には隙がありすぎる。全く説得力がない。テーマには非常に興味があっただけに。非常に残念。

*1:例えば、「認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものは・・・」というシャアの台詞を詳しい注釈付きで取り上げたり、(内容に無関係でないとはいえ)「ファーストガンダム」の良さを得々と語るのは恥ずかしいと思う。