Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

20年前の中国を旅する〜星野博美『愚か者、中国をゆく』

文化系トークラジオLife年末の「文化系大忘年会」にて、サブパーソナリティの斎藤てつやさんが2008年のオススメ本として挙げていた本。さすがに編集者という仕事柄、読書量が半端でないのあろう、納得のセレクション。

愚か者、中国をゆく (光文社新書)

愚か者、中国をゆく (光文社新書)

出版社/著者からの内容紹介
◎ 概 要
中国社会の本質を鋭くとらえた貴重な記録
大宅壮一ノンフィクション賞受賞作、
『転がる香港に苔は生えない』の原点

◎ 内容紹介
中国に関する報道や批評などを目にした時に
外部の人間がイメージする中国という国と、人民の実生活
には大きな隔たりがある、というのが、二〇年近く、
なんとなく中国と関わり続けてきた私の実感だ。
それらを「情報」と呼ぶなら、情報によって喚起される
イメージを鵜呑みにすると中国はどんどん見えなくなるぞ、
という一種の警戒感のようなものは、
たびたび中国を旅行していたこの時期に
培ったと思っている。(「はじめに」より)
交換留学生として香港に渡った著者は、
一九八七年、アメリカの友人、マイケルと中国旅行に出る。
中国社会が大きな変化を迎えたこの時期に、
何を感じ、何を見たのか----。

謙虚な比較文化論としての魅力

もちろん20年以上も前の話であるので、この本をもって現代の中国を学ぶことはできない。むしろ、8章で追記されているように、この20年間で中国は激変したのだ。
しかし、日本を離れて一人の外国人として他国の文化とどう付き合うかの心構えについては、ヒントになる部分が多い。このことは「中国」に対してだけではなく、一緒に旅をしたマイケルとの関係についてもいえる。二人の間にあった微妙な心の壁は旅の最後まで取り除くことができなかったのだが、それは二人の性格という以上に、同じ留学生という身分ながら二人の属する文化的背景の差が大きかったことによるところが大きい。本書の中でも何回か書かれるように、日本人が、やや上から目線で見る中国と、欧米人が、日本も含んだアジアの一国として見る中国が同じはずがない。故に、同じ留学生でも、作者が抱く孤独感と、マイケルが感じる疎外感には「ずれ」がある。
そういう中でも、他国文化を理解しようとする作者の好奇心と真摯な態度には頭が下がる。その姿勢が、たった一度の旅行を通してその国の文化を知ったかぶりするような類のものではなく、あくまで自分の経験の範囲で感じたことのみから考えてみる「謙虚な比較文化論」に落とし込まれているのが、この本の最大の魅力だ。

誤解なきよう強調しておきたいが、それは私に「人民の気持ちがわかった」ということでは断じてない。(略)それが「わかった」とでもいおうものなら、傲慢もはなはだしい。
ただその意味を理解しようと、彼らの心情を想像することはできる。旅の間じゅうずっと想像し続けた。この、人民の群れを「理解不能」と判断して目を背けるのか、それとも理解しようと想像するかで、大袈裟かもしれないが、中国の見え方がまったく異なってくるような気がしたからだ。(P273)

切符に翻弄される旅

作者とマイケルの二人の旅行は香港から中国内陸を北上し、シルクロードウルムチに至るルートを辿るが、移動手段は電車である。故に、電車についての話は多いのだが、中でも「切符」についての話が非常に多い。というか切符の話ばかりである。この頃の中国では、最もランクの低い「硬座」を除くと、大きな駅では当日、翌日の切符はすぐに売り切れてしまい、切符購入だけで、経由駅に2,3日滞在しなければならなくなるというのだ。体育館のような大きさの切符売場にたくさんの行列ができている様子は、この本の中で何度も描写される。
とにかく切符の話題が連続する中から「切符名言」を抜粋。

「さすがに硬座だけはおすすめしないよ。硬座に乗ると・・・心が壊れる(略)
でも率直にいわせてもらうけど・・・硬座に乗ったことのない人間に、中国を語る資格はないかもしれないな」(P60)


「ずいぶん速いね、直通列車。あれに乗っていたら、今頃はもう広州だったね」
そう私がいうとマイケルは「堕落した奴らが乗る列車だよ」と吐き捨てた。(P78)


硬座よ、たかが列車の席が、なぜこれほどまでに私たちを魅了するのか?
ある意味、私は精神的に、まったく硬座の虜になってしまっていたのだった。(P138)


「俺たちは一体、何しに中国へ来たんだ?中国を見るためじゃないのか?これじゃあまるで、中国へ切符を買いに来たみたいじゃないか」(P143)


切符よ、さらば!もうおまえには何の期待もしない。(P228)

毛沢東の言葉

もうひとつの魅力は、章ごとの頭に載っている『毛首席語録』の言葉である。上に述べたように、この本の中では、あからさまに教訓めいた言葉が出てこないので、語録のような言い切りの言葉は砂漠のオアシスのように心に沁みわたる。オバマオシムの魅力はまさにそこにあるが、集団を束ねるリーダーには「言葉」が必要だ。

世界はきみたちのものであり、また、われわれのものでもある。しかし、結局は君たちのものである。---1957.11.17(P21)


「しっかりとつかむ」必要がある。つかまなければだめだが、つかんでも、しっかりつかまなければ、やはりだめである。---1949.2.13(P123)


きみはその問題を解決することができないのか。それならその問題の現状と歴史を調査することである。---1930.5(P199)


状況はたえず変化しており、自分の思想を新しい状況に適応させるためには、学習をしなければならない。---1957.3.12(P291)

BGMはやっぱりジャズ?

前回、〜森見登美彦×DE DE MOUSEの大成功に気を良くしたので、二匹目のドジョウを狙って、バド・パウエルを選んでみた。シルクロードへの旅には、やっぱりジャズが合いそうでしょ。

バド・パウエルの芸術

バド・パウエルの芸術

結果は・・・微妙。
というか、後半は音楽を聴くのも忘れて夢中になって読んでいた。
これはこれで本が面白かったということで満足。
最後に簡単にまとめると、斎藤てつやさんのオススメの言葉にあったように、文章がものすごく上手い一冊。一番はじめに書いたように、地に足がついた謙虚な文章で、いい加減に断言したりするところは少しもない。森見氏の本に続いて、こういう風に文章が書けたらなあ・・・と思ってしまった。