Yondaful Days!

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ドレミと串でさらに楽しく〜井上夢人『もつれっぱなし』

もつれっぱなし (文春文庫)

もつれっぱなし (文春文庫)

井上夢人は、一時期、よく読んでいた。いわゆる新本格ミステリが流行する中、王道ものから邪道(ゲームブック!)なものまで、バラエティに富む岡嶋二人*1名義の作品は、びっくり箱のようで、純粋に読むのが楽しかったからだ。井上夢人のソロになってからは、不思議(オカルト的)な要素が増え、益々自分好みになったため、まず間違いない作家というように思っていた。*2
『もつれっぱなし』も、全編が会話だけで構成された連作短編集ということで、癖のある作品だが、何しろ会話だけなのであっという間に読み終えた。さっぱりし過ぎて、物足りなさも覚えたが、文春文庫版は、巻末の小森健太朗*3の解説の密度が濃いことが、本編と巧くバランスが取れていて良かった。

7の法則で読み解く『もつれっぱなし』

『もつれっぱなし』の6編は以下。

  • 宇宙人の証明
  • 四十四年後の証明
  • 呪いの証明
  • 狼男の証明
  • 幽霊の証明
  • 嘘の証明

いずれも、男女が、主にオカルト的なテーマに関する議論(その現象は存在する/しない)を行い、結局、議論の収束とは無関係に、物語は終了する。(だから、もつれっぱなし)
これらの物語について、小森健太朗は解説で、グルジェフの「7の法則」を用いて物語の完成度を評価しているが、この部分などは特に面白い。

  • この世の出来事や事象を七段階に分けてみる見方であり、別名オクターヴの法則。
  • 七段階は、音階にならってド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ドで表わされる
  • 各音階の間は一音階の差を持っているが、ミとファの間、シとドの間は、他と違い、半音階の差になる。(意外性を含んだ展開で「ショック」と呼ばれる)

つまり物語の序盤と終盤に配置されている二つのショックが、ストーリー構成のかなめになっているという見方で、『もつれっぱなし』で言えば、何気ない会話から始まり、以下の二つのショックを経てすぐに物語が終わることを指す。

  • 第一のショック:物語の興味の焦点の提示(宇宙人を見つけた、未来の孫から電話がかかっている 等)
  • 第二のショック:いわゆるどんでん返しや、思い込みに対する肩すかし

指摘されているとおり、『もつれっぱなし』の短編は、こういった仕掛けが分かりやすい恰好のテキストになっている。話そのものはコンパクトにまとめられているだけに、こういう楽しみ方も面白いと思った。

串団子の串

ところで、本書のような、ミステリーをベースとした連作短編集を読む際、自分にとって気になるのは「串団子の串」の部分。すなわち、全ての短編を貫く要素のことで、理想的には、最終話を読んで初めて「串」が見えてくる構造が美しい。北村薫の初期の短編集は、いずれも、この形式を取っていたと思うが、、通常のどんでん返しとは異なる爽快感がある。
『もつれっぱなし』の各短編は、セリフのみでできていることは共通しているものの、それぞれの物語の主人公は異なり、物語上のリンクは無い。しかし、最終話のオチが、オールマイティ過ぎる落とし方のために、もしかしたら全ての話がこのオチで説明できるのでは?と疑ってしまう。やや裏技的な「串」の部分だが、「嘘の証明」というひとつの短編だったら、この爽快感は無かったはずで、そういう意味で、必ず順番通り読むべき短編集。
漫画を読むより簡単に読めるので、活字嫌いの人にオススメできる本かもしれない。

*1:岡嶋二人は、井上夢人と徳山諄一のコンビによるペンネーム

*2:自分にとって岡嶋二人といえば、やはり『クラインの壺』だった。かなりストーリーが頭から抜けている今は再読に適しているかも!

*3:この人の『コミケ殺人事件』は読みたい読みたいと思って、十数年経ってしまった・・・