- 作者: 井上夢人
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2000/02/01
- メディア: 文庫
- 購入: 1人 クリック: 15回
- この商品を含むブログ (11件) を見る
井上夢人は、一時期、よく読んでいた。いわゆる新本格ミステリが流行する中、王道ものから邪道(ゲームブック!)なものまで、バラエティに富む岡嶋二人*1名義の作品は、びっくり箱のようで、純粋に読むのが楽しかったからだ。井上夢人のソロになってからは、不思議(オカルト的)な要素が増え、益々自分好みになったため、まず間違いない作家というように思っていた。*2
『もつれっぱなし』も、全編が会話だけで構成された連作短編集ということで、癖のある作品だが、何しろ会話だけなのであっという間に読み終えた。さっぱりし過ぎて、物足りなさも覚えたが、文春文庫版は、巻末の小森健太朗*3の解説の密度が濃いことが、本編と巧くバランスが取れていて良かった。
7の法則で読み解く『もつれっぱなし』
『もつれっぱなし』の6編は以下。
- 宇宙人の証明
- 四十四年後の証明
- 呪いの証明
- 狼男の証明
- 幽霊の証明
- 嘘の証明
いずれも、男女が、主にオカルト的なテーマに関する議論(その現象は存在する/しない)を行い、結局、議論の収束とは無関係に、物語は終了する。(だから、もつれっぱなし)
これらの物語について、小森健太朗は解説で、グルジェフの「7の法則」を用いて物語の完成度を評価しているが、この部分などは特に面白い。
- この世の出来事や事象を七段階に分けてみる見方であり、別名オクターヴの法則。
- 七段階は、音階にならってド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ドで表わされる
- 各音階の間は一音階の差を持っているが、ミとファの間、シとドの間は、他と違い、半音階の差になる。(意外性を含んだ展開で「ショック」と呼ばれる)
つまり物語の序盤と終盤に配置されている二つのショックが、ストーリー構成のかなめになっているという見方で、『もつれっぱなし』で言えば、何気ない会話から始まり、以下の二つのショックを経てすぐに物語が終わることを指す。
- 第一のショック:物語の興味の焦点の提示(宇宙人を見つけた、未来の孫から電話がかかっている 等)
- 第二のショック:いわゆるどんでん返しや、思い込みに対する肩すかし
指摘されているとおり、『もつれっぱなし』の短編は、こういった仕掛けが分かりやすい恰好のテキストになっている。話そのものはコンパクトにまとめられているだけに、こういう楽しみ方も面白いと思った。
串団子の串
ところで、本書のような、ミステリーをベースとした連作短編集を読む際、自分にとって気になるのは「串団子の串」の部分。すなわち、全ての短編を貫く要素のことで、理想的には、最終話を読んで初めて「串」が見えてくる構造が美しい。北村薫の初期の短編集は、いずれも、この形式を取っていたと思うが、、通常のどんでん返しとは異なる爽快感がある。
『もつれっぱなし』の各短編は、セリフのみでできていることは共通しているものの、それぞれの物語の主人公は異なり、物語上のリンクは無い。しかし、最終話のオチが、オールマイティ過ぎる落とし方のために、もしかしたら全ての話がこのオチで説明できるのでは?と疑ってしまう。やや裏技的な「串」の部分だが、「嘘の証明」というひとつの短編だったら、この爽快感は無かったはずで、そういう意味で、必ず順番通り読むべき短編集。
漫画を読むより簡単に読めるので、活字嫌いの人にオススメできる本かもしれない。
参考
- 意外性だけがミステリじゃない〜岡嶋二人『クラインの壺』(2016年4月)