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傑作「送りの夏」を含む短編集〜三崎亜記『バスジャック』

バスジャック (集英社文庫)

バスジャック (集英社文庫)

それぞれ長さがバラバラの7編を含む、中〜短編集。
読後の印象は、タイトルから感じる、犯罪の匂い、危険なイメージは全くない。優しい気持ちになれる内容で、良い意味で裏切られた。作品集を代表するような内容でもなく、驚きに満ちた作品でもない「バスジャック」という作品が本のタイトルに選ばれているのは、あくまで言葉のインパクト故だろう。
たとえば、ラストを飾る傑作「送りの夏」は、身近な人の死をどう受け入れて日常生活に戻って行くか、というテーマを掘り下げた作品。通常は、どんなに大事な人の死であっても、葬儀を通して、なかばシステマティックに故人への想いを終わらせ、気持ちを切り替えていくことになるが、誰もが、それで日常に戻れるわけではない。「ゆっくりと、ゆっくりと誰かの「失う」ことに、自分の身を馴染ませていくような」方法が、海辺の療養施設・若草荘を舞台に描かれるのだが、考えさせられるというよりは、考えるまでもなくそういうものなのだ(システマティックには切り替えられないのだ)と納得させられるリアリティがある。

7編に共通するのは、いずれも非現実的な設定を含む点。
非日常を扱いながら、SFという言葉が似つかわしくないのは、世界設定を緻密に書き込むのではなく、あくまで人物に焦点が当たるから。そして、嘘臭い感じが全くしないのは、その世界の中を生きる作中登場人物が。あくまで一般人で、その心理描写が見事だから。
設定が突飛で、ギャグっぽくなってしまう「二回扉をつけてください」「バスジャック」は、パロディ的な作品で、清水義範に近いが、笑いに昇華させずに心理描写にこだわることによって、日常生活の中で感じるちょっとした違和感が、うまくデフォルメされている。


短い期間に2度読んだのだが、いずれもオチは分かっていてもワクワクしながら読めた。中でも良かったのは「送りの夏」以外では、「動物園」。落語の「動物園」と似た設定で、動物の代わりに、主人公の女性が檻の中で動物を「演じる」というもの。この世界では確立された、人間が動物園で動物を「演じる」方法論の部分が自分には気に入っているので引用する。

我々は「観る」という行為の不確実性に助けられ、同時にそれを利用している。これは、「ルアー効果」と呼ばれる。いうまでも無く「ルアー」とは、釣りに使う「擬餌針」のことだ。
釣りをした人ならわかると思うが、ルアー釣りに使うスプーンやスピナーは、実際の魚の食べる餌とは似ても似つかぬ形状をしていることが多い。それでもなお、魚たちはその動きから、餌であると「思い込んで」釣られてしまう。我々もまた「その動物そのものの動き」ではなく、「その動物を思わせる動き」によって観客を「釣り上げる」のだ。
(P110)

ただ、この話も、設定のアイデアに引っ張られ過ぎることなく、あくまで主人公女性の悩みに主眼を置いているところが面白い。
初めて読んだのだが、三崎亜紀の作品も伊坂幸太郎阿部和重作品のように、作品間連携があるようでこちらも楽しみだ。