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実現しなかったヴィサーカ―構想〜手塚治虫『ブッダ』(11)

ブッダ 11 (潮漫画文庫)

ブッダ 11 (潮漫画文庫)

ブッダ全12巻の中でも10巻のラストから続く狂女ヴィサーカーのエピソードは、最も奇妙な感じのする話だ。
そもそもヴィサーカ初登場時のエピソード(5巻)も唐突に組み入れられた感じがするし、今回も、急に20年も前のことを思い出したブッダが「もう一度会いたい」と、「目ざめたもの」とはとても思えないような呟きを口にする場面など、無理矢理に挿しこまれた感じを受ける。(10巻)
さらには、息が無いと判断して一度道端に置きざりにした彼女を、アナンダを振りきって、もう一度連れに戻るという展開も、ブッダが優柔不断に映ってしまい、ブッダに対するマイナスイメージばかりが募る。(11巻)
ただ、手塚治虫の当初構想を知ると、どうもこの部分はもっと膨らませる予定だったようだ。

(手塚)長者のヴィサーカ―という女がいますね。あの女が、あとで重要な役をするんです。ずっとあとで出てきて、比丘尼、いわゆる尼さんとして、ストーリー展開に大きくからんできます。彼女はシッダルタに恋をして、ずっと追いかけ回すんです。
これまでのところはプロローグで、ヴィサーカ―は、あとでヒロイン的な存在になっていきます。
(インタビュアー)楽しみが一つ増えました。ヴィサーカ―もオリジナルですね。
(手塚)オリジナルだけど、2,3人、仏伝に出てくる女を集めて、一つのキャラクターにしているんです。仏伝をあれこれ読んでみると、いろんなところに女が出てくるけれども、ちょっと出てはいなくなっちゃう。それらを一つにしたわけです。
コミックトム』1980年5月号〜手塚治虫の『ブッダ』読本p15

文庫版コミックスで7、8巻あたりのときのインタビューなのだろうか。
実際に、マンガで一通り読んでみると、このときの構想が実現したかどうかは疑問で、ヴィサーカーの物語への絡み方は最小限となっている。当初構想の残滓が、11巻という終盤になって物語の流れを悪くしていると言えるかもしれない。その意味では、ヴィサーカ―関連のエピソードを1巻分くらい追加した『ブッダ』も読んでみたい。(ある程度はコミックス収録の際にカットした可能性もあるが)


なお、この巻では、実の息子であるラーフラとの再会がある。ラーフラはキャラクターとしてもなかなかにハンサムなだけでなく、非常に頼もしい感じで、家族としてのブッダを心配していた自分にとっては、一安心できる材料となった。