Yondaful Days!

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印象が変わった一冊〜枡野浩一『あるきかたがただしくない』

あるきかたがただしくない

あるきかたがただしくない

枡野浩一の『結婚失格』と『あるきかたがただしくない』を2冊続けて読んだ。
『結婚失格』は再読。書評小説の形を取りながら枡野浩一自身の、離婚調停から裁判の顛末が書かれた話で、本編は客観性に欠ける部分があると感じていた。だから、特別寄稿の穂村弘による枡野浩一論(「僕が君ならそんなことはしない」)が光り、町山智浩の熱い“叱咤(罵倒)”解説があって、やっとバランスが取れていた本だと思ったのだった。
しかし、その後の日々を綴ったエッセイ集『あるきかたがただしくない』を読んで、その印象は変わった。『結婚失格』当時は、枡野浩一が本当にどん底にあり、その暗い感じが文章に表れてしまっていたものではないかと思った。つまり、『あるきかた・・・』を読んで、枡野浩一を身近に感じるようになった。

離婚ネタを一年間継続!

 ある日突然、自宅の鍵が取り替えられ、売れっ子漫画家の妻は裁判所に調停を申し立てた! あっけにとられているうちに離婚、子どもに会えない日々を嘆いて20キロやせながらも、再生への道を懸命にさがす日々をつづった異色エッセイ。子どもに会わせてもらえない全国の父親からの熱い支持を得た『週刊朝日』連載、待望の書籍化。同時期の関連コラムも多数収録、ここまで赤裸々に離婚を語った男性がいただろうか?!

『あるきかたがただしくない』は、基本的に週刊朝日に1年間連載していたエッセイを取りまとめたものだが、毎回毎回、直接間接的に離婚ネタは欠かさない。この本でも引用されている(p349)ように、宮崎吐夢枡野浩一を次のように説明するほどだという。

「離婚した元妻が、自分と息子を月一回会わせるという裁判所での約束を守らない。とにかく息子に会いたい」というネタのみで「週刊朝日」の連載を一年間、見事に乗りきってしまった稀有な才能の持ち主(松尾スズキ『ギリギリデイズ』より)

離婚ネタが延々と続くという意味では、裁判までを描いた『結婚失格』と変わらないのだが、この本の枡野浩一は、『結婚失格』で穂村弘が批判し、町山智浩が罵倒した枡野浩一とは異なる。自身の短所・特異性に意識的で、元妻(南Q太)を受け入れる気持ちが全面に出ており、どん底から抜け出て精神的にも回復期にあるようだ。だから、それほど離婚のことを気にせずに身辺雑記を楽しく読める文章になっている。*1

パチンコ店中に響く声で主張したこと

巻末対談での長嶋有との対談は、相思相愛ぶり*2がよく分かり、これも読んでいて気持ちいいのだが、ここで、長嶋有枡野浩一の独特さは、パチンコ屋の一連の出来事に象徴されると指摘しているところが面白い。(p342)
生まれて初めてパチンコ屋に行った枡野浩一が一個ずつゆっくりと打っていると、店員に「そういう変則打ちは止めろ!」と怒鳴られ、論争になる。そこでの枡野浩一の発言。

本当に生まれて初めてでわからなかっただけですと、言えば言うほど話がこじれていった。いつのまにか店員3人に囲まれている。「じゃあ、パチンコっていうのは自分のペースで手を動かせない、その人ならではのセンスや努力で結果を左右できない、クジ引きのような遊びなんですか?」……心底疑問に思って質問すると、3人が口を揃えて「そうです」。
そんなはずはないでしょう!そんなひどい遊びをみんながやるわけないでしょう!私は店中に響く声で叫んでいた。
2年前の離婚調停を思いだした。周囲のだれもが私には理解できない「常識」を振りかざし、理不尽なことを要求し続ける。私は全部本当のことしか話していないつもりなのに、極悪人にされている。p200

「暗黙の了解」や「阿吽の呼吸」にすぐに頷かずに、正しすぎる疑問を口にすることこそが枡野浩一の滑稽さであり、ある種の才能だ、というのが長嶋有の指摘で、その通りだと思う。まさにこの枡野浩一の特質について、『結婚失格』の特別寄稿では、穂村弘が「つきあいきれない」とぶった切っているが、長嶋有の枡野評を読んでしまうと、穂村弘は言い過ぎでは…と思ってしまう。


ここも含め、自身の感性が独特であることについて非常に自覚的に描かれているので、読む方も安心して笑える。そして笑うと同時に、自らの常識も疑いたくなる。そういう要素は、『結婚失格』には少なかったように思う。
だから、離婚の話は頻度は多いけれども、それと別に紹介されていた本などは、今回かなり読みたいものが沢山あった。

見たい読みたいリスト

  • 映画『ジョゼと虎と魚たち』:本の中で何度も紹介される枡野浩一のお気に入り。ドラマ「オレンジデイズ」と合わせて語られることが多かった。
  • 鷺沢萠『帰れぬ人々』:吉田秋生『河よりも長くゆるやかに』の盗作疑惑があったデビュー短編「川べりの道」を含む短編集。P46
  • 一倉宏『人生を3つの単語で表すとしたら』:著名なコピーライターの作った美しい詩集。P56、80
  • ライターズジム『謎解き「世界の中心で、愛をさけぶ」』:あのベストセラーを擁護しながら批評としても秀逸な謎解き本。P62
  • 佐藤正午『ジャンプ』:原田泰三主演の映画が紹介されている。シカケに騙されるタイプの映画とのことだが、原作本を読んでおきたい。P64
  • 長嶋有『パラレル』:これも何度も紹介される枡野浩一のお気に入り。離婚を扱っているが、仕事、友情、師弟関係いろいろな要素が入っている。
  • 南Q太『地下鉄の風に吹かれて』:枡野浩一との離婚を扱った内容が含まれる。
  • 久美沙織『コバルト風雲録』:ジャンルの開拓者である著者による少女小説の歴史解説。P246
  • 花井愛子『ときめきイチゴ時代』:上の本の参考本。
  • 佐藤真由美『プライベート』『恋する短歌』:枡野浩一が後輩歌人として注目し、小説家としての成功も確信している人の短歌&エッセイ本。P250
  • 枡野浩一『日本ゴロン』:同じ生年月日の阿部和重のエッセイを「つまらない」と強く主張。P279
  • 池田俊二『日本語を知らない俳人たち』:俳人歌人の文語の誤用を集めた労作。P303

最後に

「起こった出来事で書いてないこと、ほとんどないんだ。」(P267)と書いてある通り、裏表なく全てを赤裸々にさらしていく芸風には全く変わりはなく、そこは少し怖い部分だ。
でも、連載最終回の以下の言葉に、以前は全く感じなかった枡野浩一の「男らしさ」を感じた。この本で、以前は「あまり友達になりたくない」と思っていた枡野浩一が結構好きになった。

……「週刊朝日」の連載をしている最中、多くの方からメールや手紙をいただきました。離婚後ずっと子供に会えていない父親ってものすごく多いんですね。その苦しみを表立って表現しないことが「男らしさ」だというなら、私は男をおりてもいいと思っています。P313

参考(過去日記)

*1:河井克夫とのニセ双子ユニット「金紙&銀紙」の活動や、『かなしーおもちゃ』プロモーションのために結成したバンド「啄木」など、文筆活動以外での活躍を見ても元気度が伝わる。

*2:長嶋有の唯一の欠点は穂村弘とも仲がいいことだ。出会ったのは私よりも穂村弘のほうが先らしい。なんであんな伊達眼鏡野郎と……。」P245という記述に爆笑。