Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

今も続くウナギ探しの旅〜塚本勝巳『ウナギ大回遊の謎』

ウナギ 大回遊の謎 (PHPサイエンス・ワールド新書)

ウナギ 大回遊の謎 (PHPサイエンス・ワールド新書)

日曜日の「ダーウィンが来た生きもの新伝説」でウナギの特集がありました。
これまで、ここでも何度か取り上げてきた塚本教授率いる東大海洋研の最新の研究について取り上げたものです。

この夏、塚本教授は前代未聞の挑戦を行いました。自ら最新鋭の潜水艇に乗りこみ、グアム沖の深海に潜行。まだ誰も見たことのない、ウナギの産卵シーンを観察しようというのです。
(略)
そして、生まれ故郷の海に到達したことを匂いで感じ取ると、数万匹が一か所に集結。新月が近づいた夜、巨大なかたまりとなって産卵するといいます。
調査では、産卵直後の卵を大量に発見し、産卵場所の特定に成功!その現場に潜行した潜水艇は、はたして産卵行動を観察できるんでしょうか?
ウナギ減少問題の解決にもつながると期待される大調査。3か月に渡るスリリングなドキュメントです!

結局、ウナギの可能性が高い生物が横切ったわずか0.3秒の映像のみの成果に終わりますが、手に汗握るドキュメントでした。狭い潜水艇での調査は4日間で28時間に渡ったと言いますが、相当な体力・精神力を使ったはず。
しかし、知的好奇心溢れる塚本教授の表情には疲れは見えず、目がキラキラと輝いていました。


テレビでも紹介されていた通り、今年のウナギ調査は、これまでよりもさらにピンポイントでウナギの産卵場に近づき、親魚を確認、捕獲することだったようです。したがって、最終目的を果たすことはできませんでしたが、産卵場付近で採取した泥の中から、新たな発見があることを期待します。*1


さて、そんな塚本教授が、40年以上追いかけ続ける謎の多いニホンウナギの研究成果を2011年段階まで追ったのがこの本『ウナギ大回遊の謎』です。これまで取り上げたウナギ本の感想と重なるところもありますが、ウナギ探しの旅について一通り辿り直してみます。

ウナギの赤ちゃん

そもそもウナギは謎の多い生きもので、卵や稚魚の姿を誰も見たことがないことから、アリストテレスはウナギは泥の中で湧いて出るという「自然発生説」を提唱していました。
実際にはウナギは海で生まれて沿岸部に着くころにはシラスウナギ、川に上るころには普通のにょろにょろした格好になります。(ウナギの養殖は、シラスウナギを捕まえて池で育てるというイメージになります)
海にいるときの「ウナギの赤ちゃん」は、レプトセファルスと呼ばれて、透明な葉っぱの先に小さな顔がついたような、今までにあまり見たことのない生きものの姿をしています。(前も貼りましたが以下の動画がわかりやすいです。実際にはウツボのようですが…。)


なお、「ダーウィンが来た!」では、イセエビの幼生(フィロゾーマ)についても取り上げられていましたが、これも衝撃的な生き物で驚きました。

産卵からおよそ1ヵ月、まもなく、イセエビの子どもが卵からかえります。雌は、かえった子どもを一気に解き放ちます。煙が舞い上がるように海の中へ広がっていく、イセエビの幼生。「フィロゾーマ」です。フィロゾーマの大きさは、1.5mmほど。まるでガラス細工のような奇妙な生きものです。フィロゾーマはこれから一年間、海の中を漂いながら、およそ30回も脱皮を繰り返して大きくなっていきます。

ニホンウナギの産卵場調査

東大海洋研のグループが2009年に果たした偉業とは、ニホンウナギの産卵場の特定と卵の採捕です。ニホンウナギというのは、広い太平洋の中の非常に限定された範囲に産卵場があり、そこから半年かけて日本にやってくるのです。


塚本教授が参加するニホンウナギの産卵場調査は、1973年に開始。この頃は、ウナギの産卵場は台湾付近と言われており、調査も台湾で行われています。
調査方法は非常にシンプル。
船を出して網を引く。網にウナギ(レプトセファルス)がかかったらその日齢を調べて少しでも若いウナギが見つかった方向に移動して、また網を引く。その繰り返し。


ただし、当然ウナギがかからないこともあり、探す範囲は膨大なので、できるだけ調査を効率よく行う必要があります。そのために、海流や海底地形図など様々な資料を駆使して繰り出される様々な仮説が繰り出されます。

  • 海山(かいざん)仮説 →産卵場は海底山脈の裾に位置する
  • 新月仮説       →産卵は新月の夜に行われる
  • 塩分フロント仮説   →塩分濃度の低くなった場所が産卵場として選ばれる

そして、ときには自らの仮説、定説に縛られて、失敗しつつ、最後に成果を得るわけです。そこがこの本の一番の読みどころ。

紆余曲折を経て最後にグアム沖に産卵場を特定、卵も持ち帰ることができるので、一冊の本としてもしっかりしています。*2

ニホンウナギ激減を防ぐには

ウナギについて触れたらニホンウナギの激減の理由については、最終章で一章設けて説明しており、乱獲や河川環境の変化についても触れた上で、最も影響が大きいものとして、海洋環境の変化の問題を挙げています。
産卵場調査を行う中で分かってきたのは、近年の気候変化に伴って産卵場の位置が南下しているということです。そうするとフィリピン沖で北向きの黒潮海流に乗れずに、多くのウナギは南向きの海流に乗ってしまい、資源の再生産が不可能となります。
このような人の手に負えない部分についても、ウナギ激減の原因には絡んでいるわけです。だからこそ人間が直接的にコントロール出来る部分として、牛丼屋でウナギを扱うのをやめたりなど、乱獲の原因を減らし、河川遡上を促す環境づくりが必要だという当然の結論になるわけですが、逆に言えば、それだけやってもうまく行かないかもしれないという非常に難しい問題です。
全く別のアプローチとして養殖ウナギに卵を産ませてそこから育てる完全養殖の道もあり、東大海洋研の研究成果は、謎の多いウナギの生態を明らかにするものなので、さらなる成果が得られれば完全養殖への道が開ける可能性もあります。
ただし、食文化という観点からは、天然ウナギを守っていくのが基本。これまでも何度か取り上げたように、消費者側も、価格が安いかどうかだけでなく、食文化をどう守るかという視点を持って、食に接していく必要があると感じました。

*1:年齢調査に使う「耳石」は、名前の通り固い石のようなものであり、残る可能性が高い。

*2:グアム沖で生まれたウナギの子どもは(北赤道海流という)西向きの流れに乗ったあと、台風のルートのようにフィリピンあたりで北上し、台湾を経て日本へ向かいます。