Yondaful Days!

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もはや偏執狂的な伏線パズル!〜道尾秀介『カラスの親指』

カラスの親指 by rule of CROW’s thumb (講談社文庫)

カラスの親指 by rule of CROW’s thumb (講談社文庫)

やはり最初に読んで度肝を抜かれた『向日葵の咲かない夏』に比べると、浮遊感漂うほど呆気にとられるような読後感は無かったが、文庫500頁のボリュームは全く感じさせない怒涛の展開で読ませる一級の娯楽小説。
5月にDVD化される映画版も見てみたくなった。
向日葵の咲かない夏 (新潮文庫)カラスの親指 by rule of CROW's thumb 通常版【DVD】
本当に楽しかったのだが、時間が経ち、クライマックス部分についての記憶がスッポリ抜け落ちてしまい、面白い小説を読んだことしか覚えていないといういつもの残念なパターンに陥るのは本当に癪なので、以降は完全にネタバレ…。



先日見たばかりの名探偵コナンの劇場版にも似るが、物語上の山のタイミングが上手く配置されている。特にクライマックス、闇金から金を騙し取ろうとするアルバトロス作戦は見事だ。

  • 作戦の途中で貫太郎が暴走し、これがきっかけとなり、まひろがマンション10階から落ちる(p409)
  • しかし、貫太郎の暴走も作戦の一部で「だまし」であったことが明かされる(p417)
  • 万事が上手く行き、アルバトロス作戦の成功に湧く5人の元にヒグチが登場し、一転どん底に(p425)
  • なぜか解放された帰りの道すがら、まひろやひろ姉妹が武沢の正体を知らないふりをしていた件を打ち明ける(p444)
  • 騙し取るはずだった金の一部を首尾よく回収し、一応のハッピーエンドで、またそれぞれの生活が始まる(p454)

そして、数か月後にテツが癌で死んでしまったことが挟まれてから、振り返るように物語の全貌が姿を現す。今読み返すと、とにかく全てが用意周到で、例えば貫太郎の暴走が「本気」であるとミスリードさせる数日前からの不審な行動も不自然でなく、伏線パズルのようだ。
最後のどんでん返しである「まひろとやひろの父親=武沢が死に追いやった瑠璃江の夫がテツである」ということについての、誤った伏線=ミスリードにかける道尾秀介の執念は凄い。
父親から瑠璃江にあてた手紙の字が自分の知っている人の字だと気がつくシーン(p259)では、驚く武沢の隣りにテツを置き平然を装わせることで、テツに目が行かないようにしている。
いや、読者は物語の中から、上に該当しそうな登場人物として、ヒグチ(武沢の敵)=彼女たちの父親、というやや無理筋なラインを追うようにミスリードされる。

  • ヒグチは、前歯が短いことでサ行を上手く発音できない(p82)
  • まひろの名前は、最初「真っ白」の意味で「ましろ」とつけたが、父親が「まひろ」に変えた(p172)
  • やひろの名前は、まひろと同じように、最初は「やしろ」としたかったのではないか?というテツさんの推測(p214)

ここはしつこく念押し気味にミスリードされている部分で、読み返してみるとヒグチの初登場シーンでは、ヒグチが持ち込んだラジカセから「やしろ」亜紀が大音量で流れているという偏執的なヒント配置に唖然とした。
5人組のうち、他の4人が全て見渡せている=騙し通しているのは誰か、という暗喩になっているタイトルも洒落ているし、うなる伏線ばかりだ。


とはいえ、そういった偏執狂的なパズル要素だけではなく、それぞれのキャラクターが生き生きしており、読後感は清々しい。
映画化されるのも当然という気がする。
映画は、まひろ、やひろ姉妹をはじめかなり豪華なキャスティングで、しかも、テツさんを村上ショージが演じるという部分も含めて、必見な感じだ。それほどヒットの声は聞かなかったが興行的にはどうだったのだろうか?
これは原作を知らなければさらに面白いかもしれないが、知ってしまった今こそ、どう描かれているのかどう演じられているのかが気になるので是非見てみたい!

参考(過去日記)

道尾秀介作品は、これまでに『向日葵の咲かない夏』『シャドウ』『ソロモンの犬』を読んでいますが、感想を残しているのは、『ソロモンの犬』だけ。
この小説も大層面白かったことや、大学付近で事故があって云々というくだりは何となく覚えているのですが「途中、超絶フェイントを挟みながら、変則的なフーダニット(事故の原因となった犬の動きは、誰が引き起こしたか)を回収して行くさまは、さすが直木賞作家だと思いました。」なんて書いている、その核心の部分は、やはり全く思い出せないのでした…。