Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

人形の使命って何?〜梨木香歩『りかさん』

りかさん (新潮文庫)

りかさん (新潮文庫)

Amazonの評価が非常に良い。点(星の数)やレビュー数も多いが、各レビューを読んでみると、思い入れを持って書かかれたものが多く、何かというと、炎上したりステマが多かったりするAmazonレビューの中でも、こうあってほしい見本のような状況になっている。
しかし、梨木香歩は、自分にとって、好きでも嫌いでもない微妙な場所にある作家。今回もその「微妙な感じ」は変わらない。しかし、尊敬の念は持ちつつ顔を合わせるとリラックスできない先輩みたいな緊張感が心地よくなってきている。

リアリティラインの絶妙さ

ストーリーは、雛祭りに欲しいものを聞かれて「リカちゃん」と答えた主人公ようこの元におばあちゃんから(りかという名前の)市松人形が送られてくるところから始まる。Amazonの内容紹介は、ようこが一度がっかりしたあとのシーンをそのまま引用している。

ようこは自分の部屋に戻り、箱を見た。お人形のおいてあった下には、着替えが幾組かたたんであり、さらにその下のほうにもう一つ、箱のようなものが入って いる。開けると、和紙にくるまれた、小さな食器がいくつか、出てきた。「説明書」と書かれた封筒も出てきた。
中には便箋に、おばあちゃんの字で、次のようなことが書いてあった。
『ようこちゃん、りかは縁あって、ようこちゃんにもらわれることになりました。りかは、元の持ち主の私がいうのもなんですが、 とてもいいお人形です。それはりかの今までの持ち主たちが、りかを大事に慈しんできたからです。ようこちゃんにも、りかを幸せにしてあげる責任があります。』
…人形を幸せにする?…
どういうことだろう、ってようこは思った。どういうふうに?
Amazon内容紹介)

この人形「りかさん」は、人間と心を通わせることが出来る。市松人形と話をすると聞くと、怖い話のようにも聞こえるが、そんなことはない。
また、プリキュアでもポケモン?でも、マスコットキャラ的な人形が主人公の近くにいるタイプの物語は多いが、そういうふわふわした物語とも、この話は異なる。
ということで、この話のリアリティラインは、アニメのようなファンタジーには寄らず、基本的に日常と地続きのところにある。また、人形と話ができるのは、少なくとも子どもであれば、かなりの人が知っている秘密、といった扱いになっている。
そして、もっと踏み込んで「人形」というものを、明確に定義づけている部分は、巻末解説で人形師研究の専門家が「卓見」と評価するような、鋭さを感じる文章になっている。

人形の本当の使命は生きている人間の、強すぎる気持ちをとんとん整理してあげることにある。木々の葉っぱが夜の空気を露に返すようにね(略)
気持ちは、あんまり激しいと、濁って行く。いいお人形は、吸い取り紙のように感情の濁りの部分だけを吸い取って行く。これは技術のいることだ。なんでも吸い取ればいいというわけではないから。いやな経験ばかりした、修練を積んでない人形は、持ち主の生気まで吸い取り過ぎてしまうし、濁りの部分だけ持ち主に残して、どうしようもない根性悪にしてしまうこともあるし。p77

ここでいう「いいお人形」に当たる「りかさん」に、ようこが良い影響を受けて成長していくというのもよく分かる。実際、ようこは「りかさんと付き合うようになってから、いろんな人形やものの気配を感じる体のセンサーのようなものが発達して来たような気」(p149)がしている。これは、霊感のことではなく、人の気もちを思いやり、周りの空気を察知する技術に長けてきたことを意味する。
そういった成長は、激しい気持ちを持ったときに、それだけに疲れてしまわず、人形を媒介にした自分自身との対話の中で、相手の気持ちを推し量りつつ、最善を選ぶ癖がついてきたからなのだろう。
最近、ぬいぐるみやこけしについての本を読んだところだったので、「人形の使命」についての名言は、とても心に残った。

梨木作品の共通点と『りかさん』

さて、以前も同様のことを書いたが、これまで読んだ梨木香歩の作品には共通点がある。

  1. 主人公は、現代的な生活(両親の生活)に違和感や漠然とした不安を持ってい る少女。
  2. 主人公の両親など現役世代は物語にはほとんど登場しない。むしろ一方的に批判される立場。
  3. 引退世代(おもに祖母)が、これから生きていくことについての重要なアドバイスを授ける。

この中で2の部分(3の裏返し)には、バリバリ現役世代としては前回もとても反発を感じた部分だったのでに警戒しながら読んでいたが、今回、伝統的な日本人形を題材としている物語だったことから、それほど違和感なく受け入れることができた。
今回のおばあちゃんは、「りかさん」の以前の所有者ということで、上に引用した人形についての言葉もいいが、それ以外にも染物の話が良かった。

「植物にはそれぞれの色があってさ、煎じたりなんかしてその色を出すんだよ。」
「薔薇は薔薇の色。椿は椿の色ってこと?」
「見えている色がそのままその植物の色とは限らないんだよ。」
p73

「化学染料の場合は単純にその色素だけを狙って作るんだけれど、植物のときは、媒染をかけてようやく色を出すだろう。頼んで素性を話してもらうように。そうすると、どうしても、アクが出るんだ。自分を出そうとするとアクが出る。それは仕方がないんだよ。だから植物染料はどんな色でも少し、悲しげだ。少し、灰色が入っているんだ。一つのものを他から見極めようとすると、どうしてもそこで差別ということが起きる。この差別にも澄んだものと濁りのあるものがあって、ようこ
(略)
おまえは、ようこ、澄んだ差別をして、ものごとに区別をつけて行かなくてはならないよ」
(略)
「どうしたらいいの」
「簡単さ。まず、自分の濁りを押しつけない。それからどんな「差」や違いでも、なんて、かわいい、ってまず思うのさ」
p203

わかりにくい表現もあるが、文章通り取れば、「色を出す」ということは、自分を出す、ということ。そのためには辛いこと、悲しいことを避けられないし、受け入れて行く必要がある。
「澄んだ差別をする」ということは、相手に対しても、自分に対しても、そしてその差に対しても曇りない目でフラットに見て、自分で道を切り拓くこと、といったところだろうか。
染料の話は、中学校の教科書(大岡信『言葉の力』*1)で、桜の染料の話を読んだことがあったこともあり、また、そのビジュアルイメージから、とても分かりやすく、心に響いた。人形は、自分の色を(アクも合わせて)出していく手助けをしてくれるということになる。


なお、今回、題材となった人形や植物染料は、工業製品的なものから遠く離れたところに位置し、そのロハス的雰囲気が、時に鼻についてしまうときがあるのかもしれない。
また、『僕は、そして僕たちはどう生きるか』でもそうだったが、この物語でも戦争をテーマにした話が出てくる。梨木香歩にとって重要なテーマなのだろうと思うが、自分の中では全体の雰囲気との落差があり、寿司屋で焼き肉を食べるような違和感が残った。


というように、部分部分で、ばっちりツボに嵌る作家ではないけれども、「(おばあちゃんの)名言*2に出会いたかったら梨木香歩」という個人的評価は確立してきた。別の本もまた読んでみたい。

*1:こちらに文章の抜粋があるようです→http://www.za.ztv.ne.jp/iguchi/monooki/kotobanotikara.html

*2:今回、他にも「価値観の同じ人と結婚したって、修行にはならないじゃないか」(p86)などの名言があり。