Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

1970年のインターネット〜星新一『声の網』

声の網 (角川文庫)

声の網 (角川文庫)

図書館の棚では目立つ作家というのが何人かいる。毎日のように棚の様子が変わる書店と異なり、図書館の棚は良い意味で代わり映えしない。だから、著作が多い作家などは必然的に常に目につく。星新一はまさにそんな一人。自分は中学生のときにショートショートをひとしきり読んだきりだが、文庫の棚を眺めるたびに目に入る作家だ。
よう太が読んでいるのを見て、久しぶりに読みたいなあ、と思い何冊かパラパラめくったときに出会ったのが、この『声の網』。面白いことにショートショートや短編集ではなく、一冊で一連の話を楽しむ連作小説。恩田陸の解説タイトル「1970年の衝撃」がかなりの強度を持っており一気に興味を惹かれた。

作家の幻視力というのは凄まじいものだと思う。
SF作家というジャンル性を差し引いても、星新一がこの作品で示してみせた洞察力は驚嘆に値する。『声の網』というタイトル自体、ネット社会のこんにちを予言しているように思えるし、すんなり読み飛ばした表現が驚くべき先見性を持っていたりして、その都度慌てて立ち止まっては読み返し、なぜこんなにも正確なのかとほとんど不気味に感じたほどである。


この本で描かれる未来では、インターネットの代わりに、電話のネットワークが社会のすべてを司る重要な位置を占めている。おそらく1970年でもキーボードとテレビ電話が主流の未来像があったはずなのに、イラストでもコードがぐるぐる巻かれているような黒電話が中心としているのは、わざと狙ってそうしているのだろう。
ただ、ネット社会がどのようなものになるのかという点について、1970年出版のこの本が描く未来像は、2015年現在時点で見ると、恩田陸の指摘通り驚くほど正確で、facebookAmazonのサービスを見てきたような書き方がなされている。


例えば、物語では、コンピュータによる情報管理に焦点が当たるのだが、この情報を扱う「情報銀行」の社員が新サービスについて、こんな話をする。

こんなのはどうでしょう。各人それぞれの、親しい友人の誕生日のリストを作っておく。その日に自動的に、当人に知らせるというのは。<きょうはあなたのお友だちの、だれだれさんの誕生日です。ちょっと電話をなさり、お祝いの言葉をおっしゃったらいかがです>と通知してあげるわけです。友人としての結びつきが、より親密になり、生活に楽しさをもたらすでしょう。
p255


また、物語内で実現している「買物選択サービス」については、次のような説明がある。

ある人が購買意欲を感じたとする。その人は買物選択サービス会社に電話をし、自己の好みや予算を告げてから質問する。
「手もとにあるお金で買い物をしようと思うのだが、どんなものを買ったら楽しみを有効に味わえるだろうか。参考のために教えてもらいたい。
すると、そこのコンピューターが答えてくれるのだ。いくつかの品物をあげ…
p259


『声の網』がすごいのは、こういった具体的なサービスの内容だけでなく、巨大情報社会に対する人間の接し方についての心理描写が、上手く2014年の現実と整合することだ。他人に対する嫉妬・羨望、死者や思い出の人物へのなりすまし、情報漏洩・盗聴の不安から停電時の大混乱まで、現代社会で実際に起きていることが、まるで見てきたことのように語られる。その上で、安心・安全なように見えて、実は危うい社会であることを警告するような内容となっている。
また、構成も面白い。12章に渡って同じマンション内の1階から12階までの住人を扱う内容となっているが、彼らの生活自体はほとんど交わることがない、というのもいかにも現代社会的。そして、12章全てを終えてから全体を貫く「仕組み」について語られるのではなく、中盤で大きなネタバレがあり、後半は、状況の深刻さを深める章となっているのも面白い。


恩田陸の解説では、ある章のアイデア自体が、最近自身の書いた小説(タイトルは伏せられている)の内容と重複するものであることに衝撃を受けたと語られている。現代作家の想像力すら射程圏内に入っているというのは、まさに「1970年の衝撃」と呼べる状態だ。恩田陸も近未来社会を描くのが巧い作家だと思うので、少し読み比べたい。