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治療にあたる医師の本音〜榎本稔『性依存症のリアル』

性依存症のリアル

性依存症のリアル

読む前

この本を読む前に、押見修造の漫画『惡の華』を2巻まで読んでいた。
主人公の中学2年生男子・春日君は、放課後の教室で魔が差してクラスで一番好きな女の子の体操着を盗ってしまう。それを見ていた同じクラスの陰のある女子・仲村さん(表紙の「クソムシが」って言っている女の子)が、それをネタにいろいろなことを要求して来て…という話。
この漫画が支持される理由は、主人公・春日君のやましい気持ちに共感する人が多いからだろう。行動に移さないから表面化しなくても、一歩踏み込んだら他人の気持ちを傷つけてしまうような妄想を誰もが一度は抱いたことがあるのだと思う。普段は真面目な春日君が、どこまで自分の中の「変態」と向き合えるか。それを試そうとする仲村さん。彼らを見ていると、何が自分に正直なのか、誰が「変態」なのか、境界が曖昧になっていく。
体操着を盗んだのが自分だったら…。そんな、いわば加害者目線で、この本『性依存症のリアル』を読み始めたのだった。

惡の華(1) (週刊少年マガジンコミックス)

惡の華(1) (週刊少年マガジンコミックス)

本書の内容

『性依存症のリアル』は複数の人が書いているが、編著は性依存症の治療にあたっている榎本クリニックの理事長(医師)。
ここで性依存症として挙げられているのは、痴漢、露出行為、小児性愛、強姦、ストーカー、セックス依存症、盗撮、下着窃盗など。
本の構成は、典型例を組み合わせた架空事例としての加害者体験談、被害者体験談を前半に置き、後半では、専門家同士の座談会と、過去に加害行為を行なったことのある性依存症の人同士の座談会が収録されている。


本の中で強調されているのは、何度も犯罪を繰り返す性依存症の人に共通するポイントとしての「認知の歪み」。露出行為も痴漢も強姦も、加害者男性はむしろ犯罪のゲーム性を楽しんでおり、「女性は喜んでいるはずだ」とまで思い込んでいる。被害者の受け止め方との認識のずれに気が付いていない。
そして、アルコール依存症の治療と同じような集団精神療法というグループ治療を行なうことで、社会復帰を果たして行こうとするが、治療自体はなかなか難しい、ということも繰り返し書かれている
榎本クリニックの斉藤章佳氏が書いている文章が印象的だ。斉藤氏執筆部分は「小児性愛のリアル」「強姦のリアル」でいずれも、成育歴→刑務所からの手紙→斉藤氏コメントという構成をとっている。「小児性愛のリアル」の、「刑務所から手紙」の反省文を受けての文章が以下の通り。

彼らは反省しながらも、また再犯を繰り返す。特に小児性犯罪は反復性が高い。
一見彼らは非常に深い反省をしているようだが、その翌日再犯することも珍しくない。そして裁判で「もう絶対にやりません」と同じような発言を繰り返す。さらに刑務所では非常に模範囚である。(略)しかし、彼らに「あなたはやめ続けることはできますか」と質問すると、即答で返事は返ってこないことが多い。つまり、彼らは心底から児童への性的接触を悪いとは思っていない。そして、その行為がどれほどの傷を与えるのかも考えていない。その行為は被害児童の未来を奪う。そして、人間としての尊厳を深く深く傷つける。でも、悲しいかなそれが「小児性犯罪のリアル」である。

問題点

この本の問題点は、いくつかある。
ひとつ大きいのは、被害者視点の文章が少ないこと。ストーカー被害や痴漢被害の被害者体験の話もあるが、加害者に力点を置き過ぎて、本来もっと目を向けられるべき人がないがしろにされている感じがした。
そして、根本的な問題点としては、医師の立場で書いているのに、「性依存症は治療によって改善し、社会復帰することができる」という想定のストーリーを大きく裏切って、「ほぼ一生治らない。改善しない。」というように読めてしまうことが一番大きい。
ただ、その結論を持ってくるのであれば、そこに向かうような筋の立て方があるはずだと思う。*1
しかし、肝心の構成がモヤモヤ感が残る変な形で、特に、加害者体験(架空の事例)→座談会(実際の加害者)という構成で、肝心の座談会が「締め」になっていない。普通だったら、「今は真人間になって社会復帰できました」「榎本先生ありがとうございます」という人たちによる座談会になるはずだが、反省は見せながらも、どこか不良自慢みたいになっている。そして自身から「一生、執行猶予」だと諦めたように発言するなど、「治らない」ということばかりを強調する。
上で引用したように、「彼らの反省は薄っぺらい」という医師の解説を聞いているあとだから、座談会での反省の弁は白々しく聞こえてしまう。
特にA〜Pまで16名集まった中で怪気炎を上げていたのがFさん。下着窃盗を中心に、これまでに1万回以上の問題行動を繰り返し、依存歴は55年くらいだというFさんだが…

私は70代なのですが、私の場合はもうすでに7回逮捕されています。6回目の逮捕で実刑に行きまして、今回は去年の7月に逮捕されました。現行犯逮捕でした。(略)
自分が今、問題行動が止まっているから大丈夫だなと思っていても、それはたまたまなんだと考えています。たまたま今、自分の置かれている状況はそういうものを止めてくれる状況にいるだけで、自分が例えば今は仕事をしていませんが、仕事をしたり、またSAG(性犯罪再犯防止プログラム)に来なくなったりすると、環境が変わって、そうしたらすぐ自分の精神、意志が弱くなれば、すぐに問題行動に手を出すでしょう。

まさにこの人が典型だが、グループ治療の成果なのか問題行動を起こしてしまう自己の心理の分析はできていても、目の前に可愛い子どもが座ったら、混雑した電車に乗ったら、など色々な場面で自分に歯止めを利かせることができない。問題行動を起こし続けて55年の大ベテランが言うのだから、もうどうやっても治らないのかもしれない。そう思わせるような迫力に満ちている。
最初に書いたように『惡の華』読後に、加害者目線でこの本を読み始めた自分にとって、この結論はなかなか受け入れられなかった。

全体を通して

内容について言えば、性依存から犯罪を繰り返すタイプの男性は、認知の歪みを抱えていて、女性を「モノ」化して考えてしまう傾向にある。ネット社会においては、そういった思考の癖を生む土壌は揃っているので、小中学生(男子)の子を持つ親は相当注意する必要があると感じた。
一方で、被害に遭わないためにどうすればいいのかについては、すぐに答えが出せない。過度に「自衛」に走るのは何処か違う気がする。この本を読んで絶望しつつあるが、何とか犯罪者を減らす方向でしか明るい社会を描けない。
なお、本の構成について言えば、普通の編集者が入ってまとめていたらここまでバランスの悪い本にはならないだろう、という意味で改めて編集者の力を改めて知った。本の中でも言及されているが、こちらは編集者の手がかなり入っているだろうと思われる『性犯罪者の頭の中』も読んでみたい。

性犯罪者の頭の中 (幻冬舎新書)

性犯罪者の頭の中 (幻冬舎新書)

性犯罪者の頭の中

性犯罪者の頭の中



関連

最近、女性が被害者視点で書くブログ2本が話題となった。どちらも記事を書いている女性が叩かれるような盛り上がり方もあったようだが、非常に共感できる内容で、特にコンビニのエロ本陳列問題は、すぐにでも規制すべき内容だと思う。


『性依存症とのリアル』との関連で言えば、特に絵師の話は、まさに「認知の歪み」が過大な例で、女性を「モノ」的に、もしくは鑑賞対象として捉えてしまっており、相手の不快感に考えが及ばないのが問題だ。
しかし、男女問わず、こういった自分勝手な行為はあるので、誰かを必死になって叩くのではなく、自分の行為がどう思われているのか、の部分をよく振り返って、できるだけ周囲の人にプラスの影響を与えるように気を付けたい。

*1:改善例を沢山出した後で、「それでも、治らない人も多数いる」というような展開にするなど