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『ジェニーの記憶』と「性交同意年齢」と「性的同意」

ジェニーの記憶 (字幕版)

ジェニーの記憶 (字幕版)

  • 発売日: 2019/01/21
  • メディア: Prime Video

年末に、性交同意年齢の引き上げに関するtweetがいくつか回ってきて、その中で、多くの人が、この問題を考える上でオススメの一作として挙げており、しかもAmazonプライム見放題が年内いっぱいということで、滑り込みで鑑賞。
2020年最後に観た映画作品と言うことになる。

ドキュメンタリー監督ジェニファー・フォックスが劇映画のメガホンを取り、自身の体験をもとに性的虐待の問題に迫ったドラマ。ドキュメンタリー監督として活躍するジェニーのもとに、離れて暮らす母親から電話が掛かってくる。母親はジェニーの子ども時代の日記を読んで困惑している様子。心当たりのない彼女は、母親に送ってもらった日記を読み返すうちに自身の13歳の夏を回想しはじめる。サマースクールで乗馬を教えてくれたMrs.Gやランニングコーチのビルと過ごしたひと夏は、彼女にとって美しい記憶だったが……。(映画.comあらすじ)

こういったあらすじや、性交同意年齢に関する言説を見ていれば、どのような内容なのかは事前にわかっている。
わかっていても、見ていて驚きがあったし、とにかく「おぞましい」という言葉は、こういうものを見た時に使うのか、と感じた。それほどおぞましい。

映画の特徴

特徴的なのは、ミステリでは常套手段の「信頼できない語り手」が効果的に使われることだ。しかし、それは視聴者を騙そうとしているわけではない。むしろ語り手(主人公のジェニー)自身が意識下で、記憶を押さえ込み、捻じ曲げているのだ。

特に冒頭、回想シーンで、乗馬を教えてもらいに行くジェニーは、最初は高校生くらい?に見える。しかし、その後、ジェニーが当時の思い出話を聞き、写真を見返したあと改めて回想してみると、同じシーンでの当時13歳のジェニーは、まだ子どもに見える。

また、問題のコーチ(男性) だけでなく、「素敵な大人」という印象がピッタリな乗馬の先生(エリザベス・デビッキ、『TENET』の敵セイターの妻キャット役)が常に一緒にいたからサマースクール全体が「いい思い出」になっていたことは、映画を観る側の印象とも重なる。しかし、これもよくよく思い返せば、ジェニーがコーチと添い寝しているすぐ近くにも「先生」がいたことが分かる。(先生は、その「行為」について明確に知っていたのだ)

そして、その「行為」が実際には嫌で嫌でたまらなかったことを思い出したあと、ジェニーの回想シーンでは、トイレで吐くシーンが差し挟まる。見る側としては、(さすがにそんなことはないだろう)と思いつつも妊娠を疑う。
しかし、その後の話で初潮すらまだだったと言うことを知り、さらにぞっとする。

この映画では、半ば強制に近い状況であっても、自ら同意して行為に臨んだと思い込んだ結果、記憶が上塗りされて「良い思い出」に結晶化してしまう実例が示される。
精神的なアドバイスを行う立場のコーチと、アドバイスを受ける側の選手と言う関係もあり、結果として表に出にくいままに被害者ばかりが増えていくという構造がそこにはある。
そして、ジェニーの当時の年齢が13歳であったということも重ねて考えると、日本で議論になっているような、「性交同意年齢13歳」の引き上げは、どこからどう見ても必要と思われる。

性交同意年齢と性的同意

性交同意年齢の問題と関連付けた映画のレビューは、以下の監督インタビューの記事(2020年12月)がわかりやすい。
front-row.jp


また、外国の状況について伝える記事としてNHK NEWS WEBの記事(2020年6月)がわかりやすい。ここでは、2020年6月に性交同意年齢を13歳から16歳に引き上げた韓国、2018年にそれまでなかった性交同意年齢を15歳に定めたフランスの事例があり、「世界最低」の日本が、これを引き上げようとするのは必然的な流れだと感じる。
www3.nhk.or.jp


どう考えても「性交同意年齢引き上げ」を否定しようがないのに何故議論になるのか、と調べると、以下の小川たまかさんの記事(2018年3月)で、何がポイントなのかをやっと理解する。

「刑法の強制性交等罪(旧・強姦罪)については、保護法益が性的自由となっており(※)、この観点から、若者同士の性的自由を全面的に制限していいのか?という議論が必ず出てきます。

性交だけではなくて、わいせつ行為も同様に考えるので、(たとえば性的同意年齢が16歳に引き上げられた場合)14歳と15歳のカップルがキスしたことについて、二人とも被害者と加害者の立場を併せ持つというのは、いかにも不自然かと思います」(上谷弁護士)
日本の性的同意年齢は13歳 「淫行条例があるからいい」ではない理由(小川たまか) - 個人 - Yahoo!ニュース


つまり、「性交同意年齢引き上げ」の議論をする際に、『ジェニーの記憶』に見られるような性犯罪のみを念頭に置いてしまうと、見過ごしてしまう部分も多いという指摘だ。言われてみれば確かにそうかもしれない。
なお、この指摘も「保護法益が性的自由となっており」という部分が専門的でわかりにくいが、もうひとつ、さらに分かりにくいのが「性交同意年齢」と「性的同意」は完全に別の概念だという指摘で、以下のTogetterで議論されている。

togetter.com


ポイントを以下に列記する。

  • 重い犯罪について、本来、そんな重い犯罪として処罰することつもりがないものまで、条文上はカバーしてしまう内容になることそのものが副作用なんです。「15歳同士のカップルの性交も法律上は重罪」になった場合に、ただでさえ遅れている性教育のさらなる保守化を招かないかも懸念してます。
  • また、性交同意年齢の引き上げは、加害者と被害者の性別の組み合わせを問いませんので。例えば、15歳高校生男性による20歳女性との性交がかなり難しいことになる、という面もあります。15歳男性が告白しての場合でも、男性が被害者で女性は強制性交等罪(5年以上の有期懲役)です。
  • 性交同意年齢は、個別の被害者の方の具体的な精神能力を定義するような概念ではなくて。「同意があっても相手が◯歳未満と知って行為すれば、重罪を成立させてよし」という、処罰する国視点での線引きの話で、それ以上の意味はない
  • 「性的同意とは、すべての性的な行為に対して、お互いがその行為を積極的にしたいと望んでいるかを確認するということ」この意味での性的同意は、より良い関係性の構築のために大切だが、このレベルの「相互の同意確認」がない性的行為を全て刑法犯にはできない


小川たまかさんの記事でも「性的同意年齢」という表記になっているが、(慣用的には併用しているものの)法律用語としては「性交同意年齢」が正解ということになるようだ。実際の法改正や法律を設計する上では、よく言われる「性的同意」とは区別して考えなければならない、ということが何となくわかってきた。

そうすると、たとえば以下の清田隆之さんの記事は、基本的に「性的同意」について書かれたもので、やや法律的にテクニカルな「性交同意年齢」については、十分にその問題点を指摘できていない可能性がある。
qjweb.jp


ただし、そこまで理解しても「世界最低」の日本の「13歳」について絶対に見直しの議論が必要だろうという気持ちは変わらない。上のTogetterでも書かれている通り、「単純に引き上げればOK」という話では全くないが、「このまま」はまずいだろう。
また、小川たまかさんが色々なところで指摘されている通り、性交同意年齢「13歳」と比べると、義務教育において性教育が十分行われているとは言えない(むしろ「行き過ぎた性教育」は叩かれる)状況は改善する必要がある。
さらに、「性的同意」については、むしろ大人が勉強すべき概念だ。今回のような議論の中で、「性的同意」や「自己決定権」など、これまであまり触れてこなかった概念が重要な位置を占めることが、法概念に詳しい人とそうでない人のコミュニケーションが失敗している原因になっていると思う。
小川たまかさんの本は一度読んだのだが改めて読み直したい。また、清田隆之さんの本もそろそろ読まなくては。

「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。

「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を。

  • 作者:小川たまか
  • 発売日: 2018/07/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
さよなら、俺たち

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