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何故そこまで嫌われるのか〜春原剛『ヒラリー・クリントン ―その政策・信条・人脈―』

ヒラリー・クリントン ―その政策・信条・人脈― (新潮新書)

ヒラリー・クリントン ―その政策・信条・人脈― (新潮新書)

開票は明日ということで、もうすぐ新しいアメリカ大統領が決まる。
公開討論会などのニュースを見ても、結局はヒラリー・クリントンで決まりなんだろうな、と思っていたら、ギリギリになって、メール問題が蒸し返されたこともあり、現在の候補者二人の差は僅差だという。
暴言を繰り返すドナルド・トランプが何故人気なのか、ということ以上に、ヒラリー・クリントンがここまで不人気の理由が気になっており、この本を読んでみた。


本の構成は4章からなり、ヒラリー・クリントンが嫌われる理由は主に、「二章」、「おわりに」に書いてあった。

  • 第一章 政治家ヒラリーの政策と信条
  • 第二章 ヒラリーの半生
  • 第三章 ヒラリー、アジアに旋回す
  • 第四章 ヒラリーと日本
  • おわりに


「おわりに」では、2016年7月時点でヒラリー・クリントン大統領誕生の不安要素として3つが挙げられている。

  1. サンダースとの接戦を受けた、意図していなかった路線変更(左派路線への転換)
  2. 「Eメール」事件の余波(この不安は10月28日の捜査再開で現実化)
  3. ヒラリーとビル夫妻に対する米国民の拭い難い不信感

このうちの3つ目は、「Eメール」事件より以前にヒラリー・クリントンに「嘘つき」のイメージがあることを意味している。
その原因は何か。ハフィントンポストの記事が分かりやすい。

クリントン夫妻を「犯罪者」扱いするのは、メールサーバーの問題だけでなく、過去にも捜査当局が動いた事件が複数あるからだ。

第1に、ビル氏がアーカンソー州知事時代、土地開発事業の汚職に絡む「ホワイトウォーター」疑惑に夫妻の名前が浮上した。夫妻は訴追されなかったが、デベロッパーが禁固刑を言い渡されている。

第2に、ビル氏が大統領時代、ホワイトハウス内で関係を持ったモニカ・ルインスキー事件では、ビル氏が訴追され、大統領職でありながら弾劾裁判にまで及んだ。有罪評決は逃れたが、大統領就任前から女性との交際が問題で、トランプ氏はビル氏に暴行されたという女性たちを支持につけている。

第3に、2012年9月、リビアベンガジで、米国人4人が死亡した米領事館襲撃事件で、当時国務長官だったヒラリー氏に危機管理意識がなかったとして、共和党から批判されている。

第4に、ビル氏の幼馴染でホワイトハウス幹部だったビンス・フォスターの謎のピストル自殺がある。ホワイトハウス内で、ファーストレディのヒラリー氏と対立していたことや、「他殺説」まであり、コアのトランプ支持者はヒラリー氏が何らかの形で手を下したと思っているのは間違いない。

こうした5つもの捜査当局が絡んだスキャンダルにまみれ、いずれも訴追は免れていることが、「犯罪に手を染めている」と疑われて、一部の民主党支持者やトランプ支持者から毛嫌いされている所以だ。
「ヒラリーは罪人だ」"嫌われ者"クリントン、私用メール問題の捜査再開で一転逆風に

ホワイトウォーター疑惑は92年3月(大統領選途中)に浮上し、ビル・クリントによる釈明の記者会見が94年3月にあったということで、2年程度、疑惑が晴れないまま引っ張られており、その最中にビンセント・フォスター法律顧問が自殺するなど、口封じとみられてもおかしくない状況が生じている。さらに、これらの捜査に協力的ではなかったことから、それまで上々だったヒラリーに対する評価も大きく変わったという。

日本流に言えば、こうした疑惑の数々が、ヒラリーのイメージをそれまでの「スーパー・ファースト・レディー」という超ポジティブなものから、日本でおなじみの「疑惑のデパート」、「疑惑の総合商社」という「ヒール(悪役)」のイメージへと一気に転換させ、その人気と権威をあっという間に失墜させたのです。p102

また、ルインスキー事件は、1998年1月に発覚、8月に大統領が謝罪のテレビ演説、12月に弾劾決議案と長引いた。これは、「夫に裏切られたにもかかわらず、健気に支える献身的な妻」「最後に真実を知らされ、それでも耐える哀れな妻」という、それまでのヒラリー像とは180度異なる世間の評価となり、好感度を上げる結果になったという。(そこまでヒラリーは計算ずくだったという見方も強い)

しかし、このときの、ビル・クリントンの「性的関係」ではなく「不適切な関係」という苦しい釈明や、1992年の大統領選で、英国留学中のマリファナ吸引疑惑に対して「吹かしたが、吸い込んではいない」などの弁明は、いずれも法的には「セーフ」かもしれないが、倫理的には「黒」であり、夫婦の口の上手さで切り抜けてきた、という印象を強く与えているという。(p121)

特に、ホワイトウォーター疑惑当時の1996年1月、ニューヨークタイムズ紙の名物コラムニスト、ウィリアム・サファイア氏が、「悲しい現実だが、我々の大統領夫人は生まれながらのウソつき(Congenital Liar)なのだ」と厳しく批判し、この言葉が今もヒラリーのイメージを強く印象付けているという。(p119)

ということで、もともと権力欲が強く、政治や人事に口出しをするファーストレディというイメージも強かったヒラリー・クリントンが、「嘘つき」と思わせるスキャンダルをいくつも重ねているということで、この印象は拭い難いのだろう。


ただし、この本には、どのように大統領を選ぶか、誰に投票して、誰に投票したくないか、とう有権者の立場の考えが不足しているように思う。

よく言われるように、アメリカは、1%の富裕層と99%の中間層・貧困層に分離してしまった超格差社会になっている。不満を貯めた中間層・貧困層の怒りの矛先は、当然、1%の富裕層に向けられるが、そういったエスタブリッシュメントの象徴としてヒラリー・クリントンが存在する、ということも、ヒラリーが不人気の原因として大きいはずだ。

しかし、この本の中では、現代アメリカ社会の抱える最大の問題についてはあまり触れられておらず、あくまでヒラリーの半生と主張・考え方を整理したものとなっているため、大統領選を眺める上ではやや不足する部分が多かったように思う。


一方で、作者はヒラリーの大統領就任を確信しているからこそ、大統領選挙よりも、大統領就任以降の日本との関係に重点を置いて書かれているようだ。

本を読んで、ヒラリー・クリントンが男女同権にいかに心血を注いできたかがわかり、この流れで、安倍政権の女性政策を後押ししている状況も理解できた。また、アジア政策を重視し、日本の中韓に対する動きを注視している様子もわかった。

もう少し突っ込んだ内容も欲しかったが、新しい米国大統領(のはず!)がどのような人物か、というイメージが分かっただけで、この本を読んだ甲斐があった。