Yondaful Days!

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古典SFへのオマージュ?リベンジ?〜山田正紀『ここから先は何もない』

ここから先は何もない

ここから先は何もない


タイトルとジャケの格好良さは今年読んだ中では一番ではないでしょうか。(タイトルはボブ・ディランのの曲「Beyond Here Lies Nothin'」からで、ジャケのてっぺんにも書いてあるところが格好良い)
そして何よりも、久しぶりにSFを読んだ、「読めた」という満足感が溢れる思い出深い読書となりました。

小惑星探査機が採取してきたサンプルに含まれていた、人骨化石。その秘密の裏には、人類史上類を見ない、密室トリックがあった……! 巨匠・山田正紀、待望の書き下ろし長編SF。


ハッカーの神澤鋭二(主人公)が、「ケーブルもルーターブルートゥースもない、完璧にスタンドアローンのコンピュータがあるとして…そのプログラムが完全に消去されるということがありうるだろうか」という相談を受けるところから物語は始まる。
そこで敢えてボカして語られた「完璧にスタンドアローンのコンピュータ」…その状況は、2か月前に地球に帰還したJAXA小惑星探査機<ノリス2>のコンピュータ・システムで生まれた。
ノリス2は本来目標とした小惑星に到着寸前に、制御不能になり、目標を別の小惑星「パンドラ」に変えてミッションを果たした。
つまり、本来は誰も入り込めないはずのシステムが乗っ取られてしまうという「密室殺人」が起きたのだった。作品内では、ガストン・ルルー『黄色い部屋の謎』を引き合いに出して、この密室殺人が語られるが、もう少し読み進めると、別のある古典SF作品とより深く関わった内容であることがわかる。
というのも、ノリス2が、小惑星パンドラから持ち帰ったパンドラ地表面の写真、そこには化石人骨が写っていたのだ。
この設定は、あるSF古典に似ている。これについて山田正紀はあとがきでこう書く。

オールタイム・ベスト級の傑作にこんなことを言ってはいけないのでしょうが、じつは私は『星を継ぐもの』という作品に、ある不満を持っています。その不満を解消するために、わが身の非力もかえりみずにこの作品に手を染めました。


『星を継ぐもの』は、月面調査員が真紅の宇宙服をまとった死体を発見する場面から始まるので、物語の出だしは非常によく似ている。だけでなく、物語が人類誕生の謎に関わっていくところも共通し、読者をグッと引き付ける。
『ここから先は何もない』では、冒頭で地球生物史に関わる3つの謎が掲げられる。

  • どうして地球に生命が誕生したのか(38億年前、火星パンスペルミア説)
  • どうして突然それまでとはまるでレベルの違うスーパー細胞が出現したのか(15〜20億年前)
  • ホモ・サピエンスの大躍進はなぜ起こったのか(5万年前、道具の発明、壁画などの芸術)

これらの謎を解き明かしつつ、最後に驚く展開が待っている、ということで、知的好奇心を満たしつつ、非常にエンターテインメント性が高い作品だった。


敢えて難点を挙げるとすれば以下の2つ。
この謎に取り組むのが、ハッカーの神澤鋭二のほか、解剖医の藤田東子、宇宙生物学を少し齧っている任転動の3人と、とてもコンパクトなチーム構成。3人が狭い部屋でインターネットを駆使して謎を解いていく、という展開は人類誕生の謎を相手にするには、ややこじんまりし過ぎている感はある。(特に『星を継ぐもの』と比較したとき)
また、最後の最後に待っているオチも、自分は嫌いではないが、やはり地球史を前提として考えると、ネタとしては「小粒」という感じがする。(これは、あとがきでも語られるよう、もともと中編小説向けのストーリーとして考えると納得が行く)
しかし、そういったスケール感を考えなければ、作品内でのストーリーは、それなりに筋が通っており、とても納得できる理論だった。エルヴィスと呼ばれる化石人骨の謎を解くために選ばれたメンバー(第一線の研究者ではない)の人選の理由は何か?そもそも誰によって選ばれたのか?そういった基本的な謎と、地球生物史の話が絡み合って進む内容が読みやすく整理されて進むので、手に汗握ってページをめくった。
実際、『正解するカド』(羽田空港に出現した巨大立方体「カド」から現れた謎の存在と人類との接触について描くアニメ)に対して、当初期待していたストーリーは、まさにこのようなもので、差し替えてほしいくらい。(笑)



なお、トランプを思い起こさせる「野球帽の大統領候補」が得てきたり、人工知能のシンギュラリティが話題として出てくるなど、2017年現在とリンクするところも多いのが面白かったので、賞味期限が切れない今のうちに是非読んでほしい作品。
自分にとっては、海外のSFよりも日本SFが圧倒的に読みやすいので、もう少し、「読みたい本リスト」に載っている日本SFを片付けていきたいですね。

参考(過去日記)

⇒『正解するカド』というアニメ作品は、終盤の腰砕けが印象に残ってしまいますが、全体的にはとても面白い作品だったと思います。でも、それだけに、タラレバを言いたくなってしまう作品です。