Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

意味のない人生はない〜乙一『さみしさの周波数』

さみしさの周波数 (角川スニーカー文庫)

さみしさの周波数 (角川スニーカー文庫)

久しぶりに読んだ乙一
角川スニーカー文庫で読んだことは無かったのに、収録4話のうち、『失はれた物語』はタイトルに聞き覚えがある…。
そのあと、実際に読んでみると、どうも『手を握る泥棒の物語』も、壁を隔てて手を離せない男女というシチュエーションに既視感がある。
この本を読んだことを完全に忘れてしまっていたのかも…



と思っていたら、その後、角川から出版された『失はれる物語』に2編とも収録されているようで、少し安心しました。(多分6年前くらいに読んでブログに感想は書いていない)

失はれる物語 (角川文庫)

失はれる物語 (角川文庫)


さて、収録されているの4編について、それぞれ簡単に感想を。

未来予報

物語は20歳の「僕」が10年前を振り返るところから始まる。
天気予報のように、外れることもあるが高い確率で当たる転校生・古寺の「未来予報」。
転校生が予知する設定は、『神様ゲーム』でも出て来たが、『未来予報』は、それほど確実なものではない。
そんなときに、古寺が、主人公の「僕」と幼なじみの「清水」に言った予言は…

おまえたち二人、どちらかが死ななければ、いつか結婚するぜ

その後、彼らは、中学、高校を経て成人式に…。


その後の展開とまとめ方は、自分にとっては予想外で、さすが上手いと思った。
「意味のない人生はない。私はそう思うの」
ありきたりな言葉だけれど、この小説の中では、強く心に響く言葉になった。

手を握る泥棒の物語

やっぱりこの話が一番好きだ。

近くの古い温泉宿に泊まりに来た資産家の伯母と、その娘。
主人公の「俺」は、伯母と別れた日の夜、その宿に戻り、押入れに入れていた伯母のバッグを盗もうと考える。
電動ドリルで押入れの場所に外側から穴を空ければ、中に侵入せずとも、手を入れるだけで、伯母の持つバッグから財布を盗むことができるはずだ。
しかし、手探りでバッグを探すうちに、何だかわからずに穴から引き出したのは、伯母ではなく、若い女性の腕だった。それから、その女性の手首を掴んで外に出したまま、俺と彼女との会話が始まる。


そして、その出来事から一年経ってのエピソードが語られるのだが、
これは、本当に上手い。
シチュエーションの特異さも面白いけれど、着地のさせ方が上手く、しかも優しい。

フィルムの中の少女

一足先に読んだ、よう太が一番面白いと言っていたのがこの話。
大学2年生の女性が、男性小説家に向かって、一方的に語りかける形式で一編が通されている。
彼女が語るのは「フィルムの中の少女」について。
1年生の頃、映画研究会の部室で見つけた古いフィルムを映写機で映してみたところ、未編集の映像の中に、事故のように映り込む制服姿の少女の後ろ姿に気が付く。気になって何度も見ると、少女は、見るたびに、こちらを振り返るようになる。
撮影場所のトンネルでは7年前に死体遺棄事件が起きていることが分かり…


この話の面白さは、事件の真相が解き明かされるのと合わせて、大学2年生の彼女が、どんな意図を持って先生(小説家)に、この話をしているのか、先生は誰なのか?が次第に明らかになっていくところにある。
先生の「正体」次第では、もっと怖い、後味の悪い話にできたところを、この短編集全体に通底する「優しさ」を残して終わるところがいい。

失はれた物語

妻と一歳の娘がいる主人公男性は交通事故で重傷を負う。
周囲は暗闇で光は一切なく、どのような音も聞こえない。体も動かせず、皮膚の感覚すらない。
唯一、右腕の肘から先にだけ、外界からの刺激を感じられ、人差し指の上下動のみが、自らの意思を伝えられる手段となった。
その右腕を鍵盤にして、ピアノを弾いてくれ、人差し指を通じたコミュニケーションを続けてくれる妻と、死にたくなる主人公の思いがつづられる。


何も知らなければ感動的な物語、感動的な設定として読むことができるが、盲ろうの方々の本を読んだ自分には、このようなコミュニケーションの困難な状況はSF的な設定と読めない。
また、宇宙兄弟でも取り上げられているALS(筋萎縮性側索硬化症)という病気は、患者から伝える手段がなくなっていく、という意味で、この物語で設定されている状況に似ている。ALSの母親を介護した川口有美子さんの著書も読んだが、壮絶過ぎて、この『失はれた物語』のような綺麗さは無い。
4年後の2006年に再編される際に、「失はれた」⇒「失はれる」に改題しているのは、そういった実際の病気や患者の方への配慮があったのだろうか。

逝かない身体―ALS的日常を生きる (シリーズ ケアをひらく)

逝かない身体―ALS的日常を生きる (シリーズ ケアをひらく)


まとめ

4編を通じて、「救いようのない話」が無く、どれもやさしく、さみしさを感じさせる話になっている。
そのような乙一の作風は「切なさの達人」と評されたり「白乙一」と言われたりするらしいが、納得の評価。
ひねりのあるオチだけに頼らず、メッセージ性があり、まさに「白乙一」的な側面が発揮されている短編集。
意味のない人生はない…
一話目に限らず、4編すべてで生きる意味を肯定する、すべての人にお勧めしたい短編集だった。



ところで、Amazonで関連本を見ていると中田永一という人の本がたくさん出てきて、初めて乙一の別名義だと知る。
いや、それどころか、山白朝子も、乙一の別名義なのか…。
それらの作品が入っているこの本を読んでみたい。