Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

面白い!けど終わらせ方にモヤモヤ~品田遊『止まりだしたら走らない』

ついこの前読んだ『名称未設定ファイル』の品田遊のデビュー小説。
pocari.hatenablog.com


自然科学部の都築くん(1年生)と新渡戸先輩(2年生)が東京駅から中央線に乗って高尾山まで行く間の会話をベースにした短編が13篇。その会話と若干リンクするような、やはり電車に絡む短編が12編入っている。
『名称未設定ファイル』に比べると「パスティーシュ」感(清水義範感)は薄れるが、ショートショート的に読めて読みやすい。
それぞれの短編に、時に見開きで入っている挿絵は表紙と同じerror403さんで、話に沿っていながら、イラストそのものとしても楽しく、美しい。都築くんと新渡戸先輩の話は青字、それ以外は黒字のフォントが使われているところも含めて、モノとしての本が楽しい一冊。
なお、error403さんは、本のデザインだけでなく、CDやゲーム、さんぽビンゴ(!)など活動が多岐に渡る。(グッズは無いみたいですが)Tシャツとか欲しい。

scrapbox.io


さて、肝心の内容の話。
都築くんは、自然科学部の部長からの「明日八時 東京駅 銀の鈴前集合」と課外活動のメールを受けて銀の鈴に向かうと、そこには新渡戸先輩だけがいる。先輩によれば、他の部員は先に出発してしまっているということで、課外活動先の高尾山まで2人で向かうことになる。

都築くんと新渡戸先輩の話は、完全に電車の中の会話なので、あだ名の話とか、自動操縦モード(身体が意思を離れて動き続けること。通勤通学だけじゃなく、相槌も自動操縦モードだったり…)の話、駅の並びが武蔵境→武蔵小金井→東小金井だったら並びが美しいという話など、物事の「認識」や「考え方」の話が多い。
それ以外の話も、やはり自意識の話で、最初の『タイムアタック』も通勤時に過去の自分の「ゴースト」と競争する話だ。
だから、最後の一つ前の『高尾山』が、これまで都築くん側から(変人として)しか語られなかった新渡戸先輩が一人称側となり、自らの内面を吐露する、という突然の展開は、どんでん返し的な味を含みながらも全体の流れに沿っている。


(以下ネタバレ)




その不自然な状況から、そもそも2人で東京駅から高尾山に向かう流れは、新渡戸先輩の企みによるものだと最初の時点でほとんどの読者が思っている。新渡戸先輩は何でそんなことを…?


最後になって、新渡戸先輩が女性であるということがわかって、突如、物語は甘酸っぱい話に装いを変えるのだが、この見せ方はやや微妙だと感じてしまった。
というのも、新渡戸先輩は都築くんに好意を抱いているんだろうな、ということまでは誰もが疑うはずなので、そこに「答え合わせ」のように、「新渡戸先輩は男性ではなくて女性でした!」という情報が来て、「そうか!それなら納得!」となってしまうのは単純に気持ちが悪い。
結局最後まで、新渡戸先輩はその好意を都築くんに直接言葉として伝えないのだから、男性のままでも物語は「甘酸っぱい話」として終わり、何も問題がない。
新戸部先輩を女性にしてしまうと、読み手としては「どんでん返し」への驚きは生まれるが、同時に「この驚かせ方ってどうなんだ?」という疑問が湧いてきてしまいノイズになる。
『止まりだしたら走らない』というタイトルは、「走り出したら止まらない」恋愛スピリッツの二の足を踏む新渡戸先輩の心理を表現したものなのだろうと思うが、その戸惑いもむしろ新渡戸先輩を男性とした方が理解しやすいのではないだろうか。


個人的にその恋愛観に若干の疑問を抱いてしまった品田遊の最新作は、『ただしい人類滅亡計画 反出生主義をめぐる物語』ということで、倫理・道徳的な部分に踏み込んだ本のよう。
「反出生主義」そのものに馴染みがないので、どのような小説なのか想像がつかないが、『止まりだしたら走らない』のラストのように読者によって見方が変わる問題について、どのような切り込み方をしているのかとても楽しみ。