Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

アニメ『平家物語』×映画『犬王』×小説『平家物語 犬王の巻』

アニメ『平家物語

平家物語』を見終わったのは、まさに『犬王』を観る一週間前くらいのことだった。
見始めたのは3月ころで、最終回を観たのは『鎌倉殿の13人』での壇ノ浦回くらいだったので、鎌倉殿とのキャラクターの違いを面白がりながら見た。


また、特に結びつきを考えずに行った4月頭の和歌山旅行も、良い感じに作用した。
アニメ『平家物語』4話では重盛が熊野古道を登り熊野那智大社を参拝し、10話では、維盛が那智の滝近くで、びわと会ったあとに、補陀落渡海から入水。
また、アニメや大河ドラマでは扱われなかったかもしれないが、源平の戦いでも活躍した熊野水軍が舟を隠したと言われる三段壁洞窟など、見どころが多く、タイミングが良かったと今さらながら思う。


全体を通して興味深く感じたのは、話が分かっているせいもあり、終盤に行くほど落ち着いていくように感じたこと。普通のアニメなら最終3話くらいは大盛り上がりだが、『平家物語』は気持ちが凪いでいく。
そんな中、最終話(11話)の壇ノ浦でのイルカの大群の登場(全く知らなかったが原典にも当然ある)は特に印象に残った。そしてラストまで見ると、アニメ全体の印象は、エンディングテーマ(agraph feat.ANI)の、ANIのラップが終わったあと、一転して音響的なインストに転じる、あの流れに似ている。
それは、平家物語のキーワードで言う「諸行無常」という言葉にも重なるが、物語の終わりまで知った上で、語り歌う主人公びわが配置されているからこその特別な感覚なのかもしれない。


アニメ『平家物語』は、主人公びわが、平家の滅亡、母親との再会と別れを通して、「語り継ぐ」道を選ぶという、彼女自身の物語となっていることが、最後まで視聴者を惹きつける要素になっていたと思う。

映画『犬王』

『犬王』についてはあまり知らなかった。

と、多少混乱してきたところで、アトロクで湯浅政明監督インタビューの放送を聞いて、大きな筋と、音楽に力を入れた作品だということを理解した。


さて鑑賞。
冒頭に現代の映像が挟まるので驚く。
また、今回、ビジュアルの予習をほとんどしてこなかったので、始まってから松本大洋がキャラクターデザインであることを知る。
そして、友魚&犬王のパフォーマンスが始まると、想像以上に曲の演奏に時間を取る演出に驚く。手拍子要求や、琵琶の背面弾き(というのか?)など、友魚たちのステージパフォーマンスの派手さもだが、衣装も楽しい。後半に行くほど、ほとんどふんどし一丁で、舞台が室町時代ということを忘れてしまう。


中でも一番楽しんだのは、そのステージが魔法だったり、アニメ演出上の非現実ではなく、室町時代でもこれなら出来るかもしれないと思わせるローテクで成立しているところ。
このあたりは、パンフレットに載っていた野木亜紀子(脚本)のインタビューが楽しい。

(能の描き方について)そのために勉強もしたし時間と労力をかけたんですが、必要なかったじゃん!と(笑)。あんなに真面目に能について考えたのは何だったんだと思うくらい、湯浅ワールドが炸裂してましたね。


~脚本では、しっかり能の形式をふまえたものとして書かれていたんですね。
そうです。思い返せば最初の打ち合わせのころから、湯浅さんがポップスターやフェスという言葉を出していたんですけど、喩えだと思っていたんです。でも作品を観て「喩えじゃなくて本当にそうだったんだ!」と。


~あのステージシーンに関しては、完全に演出の産物なんですね。
そのとおりです。あの舞台表現、すごいですよね。土の中から大量の腕が出てくる仕掛けとか、プロジェクション・マッピングのような演出とか、最後のバレエとスポットライトの乱舞とか、脚本にはまったくありませんから。まさに完全な「湯浅演出舞台」を私たちは見せてもらっているわけで、本当にポカンとしながら見入ってしまいました。


ということで始終魅了されながら見たステージシーンだが、不満な点もある。
足利義満の前で舞う最後の「竜中将」は、クライマックスで明らかになる犬王の直面(ひためん)が、デーモン閣下のような化粧をしているのがよくわからなかった。ここは当然ノーメイクの「素顔」が現れると思っていたので興醒め。

そして、結局、犬王と友魚(友有)の二人が袂を分かち、友魚が悲劇的な最期を迎える流れも、そのあとのフォローがあったので特に疑問を挟まずにエンディングまで進んだが、振り返るとよくわからない部分はあった。


とはいえ、森山未來の歌う「見届けようぜ」の声が、3週間過ぎた今も耳に残る、中毒性のあるステージシーンが圧巻だった。
今回、犬王を演じるアヴちゃん(女王蜂)のことは書かなかったけど、パンフレットもネットのインタビュー記事も、アヴちゃんの姿が出ているだけで、映画『犬王』の話というより、圧倒的にアヴちゃんの話にしか読めない唯一無二の存在で驚いた。


最後に湯浅監督のことを。
パンフレットにある各人の湯浅監督評が面白い。

  • 大友良英(音楽)「正直に書きます。湯浅監督の具体的なのか抽象的なのかさっぱりわからない無茶苦茶な注文と、素人目には何が描かれているか皆目見当がつかないスケッチ段階の動画に翻弄されまくった3年間でした」
  • 亀田祥倫総作画監督)「湯浅さんといえば業界内でも天才、鬼才と言われている方なので、現場に入るまで自分に何がやれるのか想像出来ず緊張していました。というのも絵コンテを見ても正直何が描いてあるのかわからずで(笑)湯浅さんの手振り身振りの作画打ち合わせでとっかかりの一端が見えた感じでした」
  • 野木亜希子(脚本)「こんなに言葉が伝わらないことってあるんだ!」と思うこともありました(笑)。やっぱり違う世界を見ている人なんだな、だからこういうものを作れるんだろうな、とも思います。私にとっては「リアルな鬼才」を目の当たりにした体験でもありましたね」

どの人も湯浅監督のことを奇人変人扱いしているが、終わってみたら傑作が出来ていたという評価が共通しており、監督への信頼を感じさせる。問題の絵コンテの一部はパンフレットにも載っているが、確かにラフではある(笑)
湯浅監督作品も、『マインドゲーム』と『映像研には手を出すな!』くらいしか見ていないので、もう少し手を出しておきたい。

小説『平家物語 犬王の巻』

結局今回、映画を観たあとに読んだのだが、驚いたことに、原作小説もとても面白い。
良かったことの一つは映画でピンと来なかった人間関係や展開がしっかり理解できたこと。
具体的には、犬王と、犬王の父親の率いる比叡座(ひえざ)、そして『犬王の巻』との関係が明確にわかった。

  • 比叡座を猿楽の諸座の中で一番人気にのし上げたのは犬王の父親の功績。
  • その源泉は、圧倒的に面白い新作群にあり、その面白さは、数多くのいけにえを引き換えにした妖術によるものだった。
  • …というような暴露話も含めて、実在の演者(犬王)の半生と合わせて平家物語を語り直する『犬王の巻』を友魚と犬王は語り演じ、人気を博す。
  • 「竜中将」で犬王が将軍からも賞賛を得たタイミングで、父親が死に、比叡座はトップ不在となる。数年後には犬王が比叡座のトップに登り詰め、友魚は「魚座」を立て、その魚座も比叡座も、それぞれで『犬王の巻』を語り演じることとなる。
  • しかし、平清盛を敬愛する足利義満は、異聞を禁じて平家物語の統一を図る。すなわち『犬王の巻』を語ることは禁止された。犬王(比叡座)はこれに従い、友魚は語り続け処刑される。
  • 歴史的事実として、当時、猿楽の能で将軍の愛顧を受けたのは、一番が比叡座(犬王)、二番が観世座(観阿弥)だったという。『犬王の巻』を禁じられた犬王は、観阿弥の演目に倣いながら興行をつづけたのだという。

こうして全体ストーリーを眺めると、この物語は、タイトルの通り『平家物語 犬王の巻』にまつわる内容であることがよく理解できる。


しかし、この小説の一番の特徴は、こういったストーリー的な部分よりも、「音」としての小説の面白にある。
古川日出男は、朗読ライブを行う人と聞いていたので、声に出したときの言葉を大事にする作家という印象だったが、解説で池澤夏樹はこう書く。

小説はプロットだと人は思っている。
あるいは登場人物。
時代や社会。
しかし、小説は文芸なのだ。だからまずは文体。
この『平家物語 犬王の巻』の文章はどのページを開いてもわかるとおり、速い。センテンスが短く、改行が多く、形容に凝らない。ばきばきと進む。

この解説の中で、「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」で「平家物語」を頼む際に一瞬も迷うことなく古川日出男を挙げたという。*1
実際、その池澤夏樹の意図は、小説を読むと十分に果たされていて、故に読後感は、とても独特だ。古川日出男の本も久しぶりに読んだが、「高速」な文体をもっと堪能したいと思った。

これから読む本

今回、『平家物語』に関する3作品に立て続けに触れてきたが、肝心の『平家物語』をまだ読んでいないので、ぜひチャレンジしてみたい。
また、池澤夏樹解説では、こうも書かれている。

古川さんに「源氏物語」は頼まない。あのうねうねと続く微細な情感描写に満ちてねっとりとした文章は彼にはそぐわない。そちらは角田光代さんにお願いすることにして快諾を得、長い歳月の後、すばらしい訳が仕上がった。ぼく自身は簡潔にさくさくと進む「古事記」を担当した。

これを読むと3作とも読みたくなる。特に、角田光代源氏物語』は以前から気になっていたが、池澤夏樹古事記』が気になる。『古事記』のあとで雄略天皇を主人公とした小説も書かれているということでそちらも読んでみたい。

*1:ここで意図したのは「『ベルカ、吠えないのか?』のように広大な小説空間を亜音速で走り抜ける作」とあるので、『ベルカ…』も読まなくちゃいけない。