Yondaful Days!

好きな本や映画・音楽についての感想を綴ったブログです。

高野秀行『ミャンマーの柳生一族』

ミャンマーの柳生一族 (集英社文庫)

ミャンマーの柳生一族 (集英社文庫)

今年後半の最大のヒット。
久しぶりに買ったSPA!で、インドでUMAを探しに行き、その成果が現地の新聞記事にもなってしまったという、最新刊『 怪魚ウモッカ格闘記―インドへの道』に関するインタビュー記事を読んだのが高野秀行に興味を持つきっかけだった。
その後、図書館で本書を見つけ借りて帰ったのだが、思い返せば、2006年の本の雑誌社の「オススメ文庫王国」でも上位に食い込んでいた本のはずで、そこら辺の深層記憶部分のアンテナに引っかかったともいえる。
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内容としては、単純にいえばミャンマー旅行記なのだが、同行したのが船戸与一と政府関係者としての「ミャンマーの柳生一族」!。
なぜ、柳生一族なのか?
最近のニュースでも知られるよう、ミャンマーは、軍事独裁政権が牛耳る国であり、鎖国的な政策を取り、軍情報部が暗躍している。彼ら情報部は、いわば江戸幕府初期における柳生一族のようだ。*1
船戸与一との取材旅行は、単独行での許可は下りず、完全に、関係者同行の元で行われることになったのだった。
メインで登場するのは、寡黙な理由は英語が喋れないだけだと初期に発覚し、部外者から見ても「使えない男」と見抜かれた、柳生三十兵衛(みそべえ)など、本来の任務からすると、いい人すぎる人が多く、旅行記全体のほんわかした空気を盛り上げる。
本書の特徴は、先日の日記にも少し書いたとおりミャンマーの政治体制や情勢を、幕府や柳生一族への「見立て」る芸が美しいほどに嵌っているところである。
それは、目次を見てもわかるし、巻頭につけられた「ミャンマー幕府体制の図」「ミャンマー国軍(徳川家)系譜の図」を見ても伝わってくることと思う。
本文中では、こんな感じで現れてくる。

ミャンマーでは五人組のようなシステムがあり、近所に何か不審なことがあれば、組長を通して柳生一族または町奉行(警察)に通報する義務があると聞いている。(P50)

スー・チーが突然現れたときのインパクトは、千姫が秀忠の時代に突然現れたようなものだったに違いない、だから、ここでは勝手に千姫を家康の娘ということにして、話を進めたい。で、スー・チー千姫が訴えたのは、徳川家(国軍)の否定ではない。
「幕府の行っている政治は、わが父家康公が望んだ政治ではありませぬ」と言ったのだ。(P65)

自然なだけでなく、五人組や幕府、家康を挟まない通常の形での文章に比べて、伝わるスピードと質が段違いだ。
勿論、高野秀行の地の文もユーモアに溢れており、味があるのだが、この文体には圧倒された。とにかく、面白くてわかりやすい。エンターテインメントで、国際政治を学べる素晴らしさがそこにはある。
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また、同行した船戸与一のキャラクターも、作品のポイントのひとつ。*2その言動は、冒険作家という肩書きそのもので、大雑把な無頼漢という雰囲気。
空き時間にヒマをもてあそんでいた船戸与一に、高野秀行が、宮部みゆきの人情時代物を貸してあげたときの台詞もすごい。

「オレよお、みゆきの本、一冊も読んだことねえんだよ。たぶん、みゆきもオレの本、読んだことねえと思うけどな」(P186)

二人は、飲み友達だということだが、宮部みゆきを呼ぶのに「みゆき」は無いよな。(笑)だが、全編を通して、喋り方はこんな感じだ。
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軍情報部に見張られながらも、無事日本に帰った二人。
しかし、帰国後半年経ってから衝撃のニュースに出会うことになる。

「キン・ニュン首相、更迭」
キン・ニュン宗矩およびその配下である柳生一族が、おおがかりな収賄の罪に問われ、キン・ニュンは自宅軟禁、柳生の幹部も多数逮捕されたということであった。
これは、もはや政変といってもいい。(P216)

結果として、ミャンマー政権が、やや強硬派に傾くことになるが、あとがきを読むと、状況はさらに変化している。

今回の柳生粛清は、タン・シュエ家光の協力を得て、マウン・エイ伊豆守が断行したものだが、柳生が解体されていよいよこれから幕府が強固のものになるかと思いきや、話はまたややこしくなった。
タン・シュエ家光とマウン・エイ伊豆守が幕府を二つに割って、激しい権力闘争を開始したのだ。(P226)

かくして、ミャンマーは不安定な状況が続く。
しかし、この本を読んで面白いなあ、と思ったところは、国民もミャンマーの「民主化」を望んでいるのではない、というところ。さらっとニュースを見ている限りでは、スー・チーが政権を握るシチュエーションが望まれているのか、と思っていたが、それは現実的ではないということを思っている人が多いらしい。

(高野)「アウン・サン・スーチーをどう思う?オレは彼女が政権をとっても国を運営することはできないと思うんだけど」
(三十兵衛)「そうなんだ。スー・チーは軍と一緒に政府を作らなければいけないいよ」
(現地柳生)「そう、そう。スー・チーと軍、一緒にやらなきゃね、一緒にね」
(P140:会話のみ抜粋)

著者いわく「エンタメ系ノンフィクション」ということだが、面白くて、勉強になり、考えさせられる部分もある、という意味で、自分がこれまであまり読んできたことの無い本だし、今後、もっと読みたいジャンルの本である。
ということで、現時点では間違いなく今年後半の最大のヒット。

参考:ヨーロッパ特急

第四章の最後で、ミャンマー千葉真一よりも人気の日本人映画がある、という話が出てくる。本書内では、悩んだ末、武田鉄矢主演の映画ということが解明されながらも、肝心のタイトルが明かされないので、検索してみると、作者ご本人のブログが引っかかった。

ミャンマーの柳生一族』で、「ローマの休日」をパクッた武田鉄矢主演の映画「フォトグラファー・アンド・プリンセス」(原題は「ヨーロッパ特急」)がミャンマーでは日本映画の「名作」になっていると書いた。
最近知人より聞いたところによると、その人気はとどまるところを知らず、昨年、ついにこのミャンマー版リメイクが完成、VCD化されてミャンマーはおろか世界中のミャンマー人コミュニティーで売られているという。

ということで、『ヨーロッパ特急』とのこと。Amazonではクラフトワークばかり引っかかって、それ自体は出てこないのだが、なかなか面白そうな映画なので、機会があったら見てみたいなあ。

*1:もう一つの理由は、ミャンマーでも大人気の俳優、ソニチバこと千葉真一の『柳生一族の陰謀

*2:船戸与一は、おそらく10年前くらいに『砂のクロニクル』だか『猛き箱舟』を読んだ程度だと思うが、当時、愛読していた「本の雑誌」の書評ページでは頻出作家の一人だったので、親しみがわく。