- 作者: 広瀬慶二,日本水産学会
- 出版社/メーカー: 成山堂書店
- 発売日: 2005/08
- メディア: 単行本
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本日、驚きのニュースが。
絶滅の恐れがある野生生物をまとめた「レッドリスト」の見直しを進めている環境省は、記録的な不漁が続くニホンウナギを、初めて準絶滅危惧(存続基盤が弱い種)などに指定する方針を固めた。
専門家会議が今月までにリスト入りを決めたのを受けた措置。身近な食材で影響が大きいため、農林水産省は反発しており、曲折も予想される。
さあ、本当にこの日が来てしまいました。
ウナギが食べられなくなってしまう〜そんな恐怖におののいて、初めて天然ウナギの卵の世界初採集を成し遂げた東大海洋研関連の本*1を中心にウナギ本を数冊読みました。
今回のニュースについては、共同通信と読売新聞で、やや書き方が異なる部分がありますが、数冊のウナギ本で得た知見からすると、読売新聞の方がより科学的な記述のようです。
環境省は、極度の不漁が続くニホンウナギを、レッドリストの「絶滅危惧種」に指定する方針を固めた。関係者が13日、明らかにした。開発による生息環境悪化や食用向けの大量漁獲が原因。
→×な部分:開発による環境悪化と大量捕獲は原因の一部ですが、それが全てではなく不明な部分があるとした方がより科学的だと思います。また、海洋環境の変化についても触れられていません。
水産庁によると、ウナギの年間漁獲量はピーク時(1961年)に約3400トンだったが、ここ5年間は200トン台に低迷。養殖用に捕獲する稚魚(シラスウナギ)も最盛期の1963年には約230トンだったが、最近は10トンを割る年も増え、成魚、稚魚とも漁獲量は50年前の5%前後まで激減した。
生態に謎が多いため詳しい原因は不明だが、過剰漁獲のほか、河川開発による生息地の減少、気候変動による海流変化などが指摘されている。
→○な部分:「原因は不明」としている点がまず信頼できるし、考えられる代表的な原因3つについて全て触れられています。
ウナギを増やす
さて、今回読んだ本は、養殖がメインの本です。
2001年初版〜2005年改訂版という少し昔の本なので、近年のウナギ重要事項をフォローできていないという意味では残念ですが、東大海洋研関連の本では抜けていた「養殖」「人工孵化」の部分について知ることができました。近年のウナギ研究の大きな進展は以下になります。
このうち、産卵場の特定と天然ウナギの卵の発見については『ウナギ 大回遊の謎』で非常に詳しく知ることができました。完全養殖については、テレビで取り上げられているのを何回か見ましたが、改めて本でも読んでみたいものです。後で書くように、今回の本では、まだ「挑戦」段階で、悲願達成のシーンはないのが残念です。
ウナギの生活史
まずは、自分も最近になるまで知らなかったウナギの生活史を、改めて整理します。
養殖についてメモ
人工種苗(孵化)についてメモ
- 1973年に初めて成功した人工孵化だが、卵をかえすことは出来ても、育て上げるまでが大変だった。
- 2003年になってやっと、人工的にシラスウナギを作出したことを発表できた。
- 人工種苗に立ちはだかった壁を整理すると
- 親ウナギ(雌)の確保
- 密集して生活する養殖環境下ではストレスで雄化してしまう
- 天然の下りウナギを確保するも、近年は簡単に入手できない
- 養殖ウナギを配合飼料の与え方で雌化させる方法が開発された
- 人工的な成熟
- 親ウナギを確保しても、そのままでは成熟が進まない
- 雄雌双方に、ホルモン注射などで、成熟を促す(雌にはサケの脳下垂体を注射!)
- 排卵させるタイミングと受精のタイミングが難しい
- レプトセファルスの飼育
- 生活環境が不明、特に餌が不明
- 試行錯誤を繰り返し、サメ卵の冷凍粉末をよく食べることが判明
- 30?以上の個体に育てるまでに5年の歳月をかけた
- その後も餌と飼育装置の改良を続け、やっとシラスウナギまで育てるに至った
この中で、雌の成熟を促すためにサケの脳下垂体を注射する、という部分が怖かった。ちょっとマッドサイエンティストっぽい感じがしてしまう。
どのようにウナギを増やすのか
さて、6章の「うなぎを増やす」では、「増やす」ための具体的な方法として、「国際的な資源管理」「沿岸や河川の保全対策」以外に「放流魚の健苗性と種苗性」について語られます。あとでも少し書きますが、水産業・漁業関係者からは「漁業規制」という言葉は出てきにくいようで、代わりに「放流」が挙げられます。
さて、「放流魚の健苗性と種苗性」ですが、その種の形態的・生理的・生化学的な特性を有することを意味する「健苗性」に対して「種苗性」が直感的で分かりやすく面白かったです。
つまり、放流しても産卵するまで生き延びなければ「増やす」ことにつながらないから放流する魚は
成長が早く、体の色々な器官の発達が順調で、放流しても天然の同種のものと比べても遜色なく泳げて餌をとることもでき、まわりと上手くやっていけるもの
である必要があるのです。これを「種苗性」と呼んでいて、作者自身が指摘しているように、「いくら健康に育っても社会性がないと生きていけない」という意味で、人間の育て方に通じる見方で放流魚を評価するというのが面白いです。一種の就職試験ですね。
なお、放流効果を知る方法として標識を付ける方法についても説明がありました。ここで書かれていることによれば、超音波発信機(バイオテレメトリー法)を装着する方法では、常に船で追跡が必要とのことです。したがって、下りウナギに発信器つければ、どこにいてもドラゴンレーダーみたいに産卵場がすぐに分かるのでは?という思いつきはすぐさま却下されるのでした。
6章最後には、ウナギ研究に関する総括的な課題が示されていますが、これほど面白い研究テーマがあり、かつ近年いろいろなことが明らかになっている魚が、あっという間に絶滅危惧種になろうかとする現状は、やはり考えてしまいますね。本書では、ヨーロッパウナギの国際作業部会の1997年の提言「漁業の規制は難しく、種苗法流が適当」を引いていて、本書全体でも漁業規制については触れられていないので、作者の考えも同様のようです。その後、2009年3月からヨーロッパウナギの国際取引は規制の対象になり、今年4月から輸出の全面禁止に至るのですが、漁業側に寄った立場からは、現在もやはり「ニホンウナギの規制は困難、放流で」という意見は変わらないのでしょうか。
読売新聞でも「農林水産省は反発」と書いているように、今回はあくまで環境省サイドの発表なので、いろいろと動くのだとは思いますが、素人目に見ても、少なくとも何らかの漁業規制は(近隣国と協調して)行うのが普通の考えだと思います。勿論、漁業をなりわいにしている人たちへの補助等は必要ですが、そういった政府の出費は、財政難といえども将来に向けた必要なことだと思います。
ただし、難しいのは、ウナギが激減している理由は、乱獲を規制すればすぐさま増えるというわけにいかないところです。そして完全養殖という方法は、まだお金がかかり過ぎて商業ベースには乗りません。
レバ刺し以上に将来にわたってウナギを食べたいと思っている日本人は多いと思います。完全養殖の技術研究や生態環境の調査研究を進めながら、本当に「うなぎを増やす」方法を探っていけることを期待します。
参考(過去日記)
- 浦和周辺あれこれ(イベント編)←ウナギ界のアイドル?「うな子ちゃん」のご尊顔が拝めます